mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより36 ミゾソバ

地上に咲く花と 土の中のもう一つの花

 水田の稲穂が緑色から黄金色に変わり、収穫の時期を迎えています。この時期に田んぼのあぜ道や水辺などの湿ったところを歩くと、小さなピンク色の花が群生しているのを見かけます。ミゾソバの花です。

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    ピンクと白のグラデーションがきれいなミゾソバの花

 ミゾソバは、タデ科タデ属に分類される一年生草の植物。北海道から九州までの小川沿いや沼沢地、湖岸などの湿地に分布しています。特に稲作地帯の用水路の脇などの水が豊かで栄養分の高い場所に群生していることが多いようです。

 ミゾソバとは、自生する場所が溝や湿地に繁茂していて、ソバ(蕎麦)に似た実をつける植物であることから名づけられた名前です。人間にとって役に立たない植物には、「イヌ」をつけて呼ばれることが多く、「蓼」に対して「イヌタデ」、麦に対して「イヌムギ」、胡麻に対して「イヌゴマ」などと呼ばれています。ところが、ミゾソバは「イヌソバ」とは名づけられませんでした。なぜなのでしょう?

 じつは、ミゾソバは、小さいけれどソバに似た黒い実をつけるので、昔、飢饉の時の救荒食として水田の脇で栽培されていました。いざというときに「蕎麦がき」のようにして食べたので、「役に立たないソバ」ではなかったのです。それで、本物の「乾いた畑に生えるソバ」に対して「溝に生えるソバ」と名づけられたのでした。この小さい、かわいい花への祖先の感謝と敬意の思いがその名前にこめられているような気がします。

 ミゾソバの花は晩夏から秋、8~10月頃、ピンク色の花を咲かせます。昔のこどもたちは、この小さな花の集合花がお菓子のこんぺい糖に見えたのでしょう。コンペイトウグザと呼ばれることもあります。また、ミゾソバの葉は独特の形で、見ていると正面から見る牛の顔に見えてきます。それで「ウシノヒタイ」(牛の額)とも呼ばれています。

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    開いた花。花びらに見えるのはガク片

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             こんぺい糖のような集合花           葉の形は、牛の顔

 茎の先端で枝分かれした先につく花の集まりをよく見ると、多くがつぼみで、開いている花は数個です。開いた花の花びらのように見えるのはガク片で、中心部は色が薄く、先端は淡いピンク、桃と白とのグラデーションがとてもきれいです。咲いている場所によって、花の色や濃さは様々で、ほとんど白色に見える花から全体が淡紅色の花まで変化に富んでいるようです。

 すきまなく集まったつぼみは、順番に開いていきます。そうすることで、長い期間、花が咲いているように見えます。咲く前のつぼみも開いた花もピンク、終わった花も枯れることなく美しいピンク色をしていて、遠くからは一つの花のように目立って見えます。これは、虫を呼び寄せるためのタデ科特有の技といえるでしょう。

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    遠くからでもよく目立つ集合花

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        蜜を吸うキチョウ

 ミゾソバは、根元で横になった枝から枝分かれして立ち上がり群生します。茎や葉、花の軸には下向きのトゲがあり、こどもの頃に小川でドジョウやフナとりに夢中になって裸足や手によくひっかき傷を作ったものでした。ミゾソバはこのトゲで自分の身を守っているのでしょう。それだけではないようです。下向きのトゲは、お互いに支え合ったり、他の植物等に絡みついたりして、地上高く伸びあがるのに役立っています。草丈は30〜50cmほどですが、なかには1mにもなるのもあり、その先端に花を咲かせれば、虫たちを呼び寄せる効果は十分です。

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     茎にある下向きのトゲ         葉の柄にあるトゲ

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    花軸にあるトゲ 

 花を咲かせ、種子を作るためにさまざまな工夫をこらしているミゾソバですが、さらにもう一つほかの植物には見られない変わった花を咲かせていました。
秋の終わりに台風がきて、ミゾソバの生えている場所で水が溢れだし、土砂崩れが起きたことがありました。ミゾソバは根と地下茎がむきだしにされ横たわっていました。その地下茎の先端に白い花のつぼみのようなものを見つけました。不思議に思い調べてみたら、なんとこれは地中に咲く花だったのです。

土の中に花があるとはどういうことなのでしょう。ふつう多くの植物は、地上で花を咲かせて虫に花粉を運んでもらって受粉する開放花(かいほうか)で種子をつくります。土の中でも虫を呼べるのでしょうか。じつはこの花は、虫の手助けがなくても、自分の花粉で受粉できる閉鎖花(へいさか)でした。
 地上で開放花と閉鎖花をあわせもつ植物は見てきましたが、土の中に閉鎖花をもつ植物は初めてでした。
確かに地上より地面の下だと風雨や外敵にさらされないので、花の傷みも少ないのでしょう。ミゾソバが花を守る安全な場所として土の中を選んでいるとしたら、すごいことです。

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  ミゾソバの全体の姿       地下茎の先端に花がつく 

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   白いつぼみのような閉鎖花

 閉鎖花で行う自家受粉は、自分の花粉で受粉するので、花を咲かせるエネルギーを費やすことなく確実に次世代の種子を作ることができます。自家受粉でできた種子は、親の遺伝子を強く引き継ぐ分身のようなものです。親が育った土地の環境が変わらなければ確実に繁殖できるでしょう。ミゾソバ一年草なので、親はその年に枯れてしまいます。親は同じ土地で子孫が確実にあとを継げるようにと、閉鎖花の種子に託しているようです。

 一方、開放花は花を咲かせるのに多大なエネルギーを費やします。受粉は虫たちがたよりなのでどの花も受粉できるわけでありませんが、他の花と交配するので、親と異なる遺伝子を持つことになります。そのために、親がもっていた能力を欠如してしまい、親と同じ土地に適応できないこともありますが、一方で親と全くちがう環境で繁殖できる可能性を無限に秘めています。だったら、これらの種子は、新しい環境の世界へと旅立たせたほうがいいわけです。

 ミゾソバの実は水鳥のえさになるので、開放花の実は、水鳥のお腹に入って、親元を離れて大空へと旅立ちます。種子は硬い殻で覆われているため、体内で消化されずに、そのままフンと一緒に体外に排出されます。フンまみれの種子はそのフンを栄養分にして、新しい土地で仲間を増やす挑戦を始めるのです。

 ミゾソバの親は、閉鎖花の種子を身近で安全な環境に置いて育つようにし、開放花の種子は開拓者として遠くへ送り出し、この地上でそのいのちをつないできているのでした。

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       水田の脇の用水路に咲くミゾソバの群落

 かつてミゾソバは水田の脇の溝や用水路、小川などの縁に普通に生えていて、イヌタデなどと一緒に咲き乱れていました。朝は朝露にぬれてきらきら光り、夕暮れは夕日をあびて赤く染まり、稲刈りを終えた後の水田に彩をそえていました。

 溝そばと赤のまんまと咲きうづみ / 高浜虚子

 今では水田の脇の溝も用水路も、コンクリートで固められ、湿地なども埋め立てられて、ミゾソバの大きな群落は姿を消しています。でも、環境がどんなに変わっても、自然の水辺と湿地があるかぎり、この草花はしなやかにたくましく生き抜いていくような気がします。(千)

◆昨年9月「季節のたより」紹介の草花

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