mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより7 ネムノキ

  夕暮れに 眠りにつく葉 咲きだす花

 ネムノキは万葉の昔より「ねぶ」の名で歌に詠まれていますが、多くの人に親しまれているのは、松尾芭蕉の「おくの細道」の象潟での句でしょう。

  象潟や雨に西施がねぶの花

 芭蕉にとって新潟は松島とならんで憧れの地。到着した日は風雨でした。「松島は笑ふが如く、象潟はうらむがごとし」。雨に煙る情景に愁いに沈む異国の美女、西施の面影を見て、雨に咲くねぶの花に想いをかさねて詠んでいます。雨にぬれたネムノキの花に出会うと、ついこの句が浮かんできます。

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                           雨にぬれたネムノキの花 

 歌人永田和宏氏は、「藤原俊成は、その著『古来風体抄』のなかで、桜の花を見てそれを美しいと感じるのは、私たちが花を詠んだ名歌を数多く知っているからなのだと喝破した。」と述べています。(岩波新書「近代秀歌」永田和宏
 私たちが、雨にぬれたネムノキの花を見て、どこか愁いのある美しさを感じてしまうのは、この芭蕉の句が意識の奥で働いているのかもしれません。

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             水滴をまとう、ネムノキの花姿

 ネムノキは、マメ科の落葉高木で、北海道を除き全国に分布しています。
 鳥の羽根のようなふんわり軽い雰囲気の葉をつけます。その葉が夜になると両側から合わさり、ぐっすり眠るような姿になるので「眠る木」、これがネムノキの名の由来のようです。

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  晴れた日のネムノキの花      日中の開いている葉       夕方から夜にかけて眠る葉

 ネムノキは梅雨の終わりから夏にかけて、筆の穂先がひらいたような淡紅色の花を咲かせます。一つの花のように見えて、じつは小さな花が10~20個ほど集まったもの。一つの小さな花をよく見ると、花びらは小さく、絹糸のようなたくさんの雄しべと、一本の雌しべでできています。その小さな花が互いに集まって、一つの大きな花のように見せています。
 マメ科といえば、カラスノエンドウのような蝶形花を思い浮かべますが、これはマメ科らしくない花。でも、果実は豆のサヤができるので、なるほど、マメ科なのかと納得してもらえるでしょう。

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    小さな花が集まったネムノキの花      サヤに豆が入っているネムノキの果実

 ところで、こんなふわふわの雄しべの先の花粉を、同じ細長い雌しべの先につけるとしたら、花粉の運び屋は、一体だれなのでしょう。
 調べてみると、スズメガの仲間でした。長い口吻を蜜を出す花にさして、ホバリングしながら食事をしている間に、花粉が腹や羽などについて運ばれるのです。それで、ネムノキはスズメガの仲間が活動する夜の時間に合わせて、夕方から咲き始めるとのこと。これには、今まで気がつきませんでした。

 確かめてみようと、近くで木を見つけ、開き始めのつぼみのある一枝を花瓶にさしておきました。夕方6時頃から、赤い糸くずのような、たくさんの雄しべが、短時間のうちに伸びだして、夜の8時頃には扇子を広げたような花になりました。ほのかな甘い匂いもします。

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     開き始めたつぼみ(午後6時頃)      赤が雄しべ  白く突き出ているのが雌しべ
                                     (午後8時頃)

 スズメガの仲間はこの匂いに誘われてくるのでしょうか。夜なら、花の色はカラスウリのような白の方が目立つのに、どうして淡紅色なのでしょう。
 花は昼間も閉じることなく開いた状態が続いています。そういえば、日中にカラスアゲハが花のまわりに集まっていました。雄しべの淡紅色は、昼の蝶たちを呼び寄せる効果を発揮しているようです。ネムノキの花は、夜も昼も休まずに、花粉の運び屋を呼び寄せている働き者でした。

 ネムノキは、成長が速く大きくなるので、庭木や公園の木としては敬遠されがち、日蔭では育たないので森にも見られず、開けた日の当る場所を選んでポツンと1本だけ生えていることが多いようです。
 それに、図鑑ではあまりふれていませんが、芽吹きが、どの樹木と比べても遅いのです。自宅近くの散歩道で、太白山が見える池のほとりに一本立っているネムノキは、5月の下旬、まわりのケヤキもコナラも、芽吹きがすぎて新緑の若葉を広げているのに、一向に芽吹く気配がありません。初めは枯れ木かと思ったほどです。6月になりやっと芽吹き、それからは生育のテンポが速く、瞬く間に葉を広げ、つぼみをつけて、7月に花を咲かせました。

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     5月下旬・芽吹かないネムノキの枝       7月上旬・花を咲かせたネムノキ

 仲間で群れることなく、他の木々の芽吹きにも同調せず、遅くてもいいじゃないかと、わが道を行く、その姿が気に入っています。        (千)