春咲きのリンドウ 雨粒を利用し種子を散布
春の日ざしが地面を照らして、草木の種子たちの芽吹きが始まりました。その芽吹き前に、陽の光を浴びて空を仰ぐように咲き出している花がありました。
リンドウの花に似た小さな花です。リンドウといえば秋のイメージですが、これは春先に咲くフデリンドウの花です。
冬の間、茶色だった地面が、青紫色の花で明るく華やかになりました。
フデリンドウの花が、枯れたアジサイのがく片をとり囲んで咲いています。
フデリンドウはリンドウ科リンドウ属の越年草です。北海道から九州にかけて日当たりの良い草原や林縁、落葉樹林などの林床に自生しています。やや乾いた明るい環境を好み、低地から山地まで広く見られる花です。
秋に咲くリンドウ(季節のたより15)は、漢字で「竜胆」あるいは「龍胆」と書きます。中国では古くから漢方の胃腸薬として熊の胆嚢を干した熊胆(ゆうたん)が珍重されていましたが、リンドウの根にも、熊胆に劣らぬ苦みと効能があるとして、竜胆(りゅうたん)という名で利用されてきました。日本ではその竜胆(りゅうたん)の音読みが、いつの間にか転訛してリンドウ(竜胆)と呼ばれるようになったといわれています。
春に咲くフデリンドウの名は、つぼみや花を閉じた状態がちょうど筆の穂先を思わせるのでその名になったといわれています。秋に咲くリンドウや夏から咲き出すツルリンドウ(季節のたより40)などのリンドウ科の花も、同じようにつぼみが筆の穂先のようになります。フデリンドウだけが特別に似ているわけではないのですが。
地面から芽を出したフデリンドウ 筆の穂先のようなつぼみ
フデリンドウは 芽吹いてすぐつぼみをつけます。でも、背丈が低く、近くにあってもわからず、花が咲いて初めて気がつくことが多いのです。
葉は花より小さく、茎の各節から2枚ずつ向き合って(対生して)出ています。
花開いたフデリンドウ 小さいけれどすっきりした立ち姿
花は3月から5月頃まで見られます。茎の上に小さな細長い釣鐘型の花を、上向きに数輪咲かせます。花は花びらが根元で1つになっている合弁花で、長い花びらが5枚と、短い花びらが5枚でできています。開花した花を見ると、5本の短い雄しべが、中央の長い雌しべに寄り添うようについています。
花の横顔 フデリンドウの花を上から見ると。
花の色は青紫色系と青色系があるようです。春先の虫たちは、花の色に呼び寄せられて集まってきます。見ていると、ハナバチやツリアブの仲間がやってきて、花のなかにもぐりこんでいました。
フデリンドウの花は、光にとても敏感で、陽に当たると開花し、曇りの日や夜は閉じています。虫たちが活発に活動する時間に花を開き、あとは閉じて無駄なエネルギーを使わないようにしているようです。上向きの花なので、雨風で花が痛んだり花粉が劣化したりするのを防いでもいるのでしょう。
なかには、天候にかかわりなく開花しているものもいます。自然界に生きる野生種はどれも一様ではなく、生存に最も適した花の開閉運動ができるような能力を、進化の過程で身につけているのかもしれません。
群生はあまりなく、多くは点在して生えています。 一本に数輪の花をつけます。
秋に咲くリンドウの花は、 花が終わった後にさや状の実ができます。蒴果(さくか)といって、熟して茶色になるとさやの下部が裂けて、風の吹く日に翼のある種子が飛ばされ、散布されるしくみになっています。フデリンドウもこれと同じしくみだと思っていました。ところが、まったく違っていたのです。
フデリンドウは花が終わると、垂直に立った紡錘形の実ができます。この実が熟すと、先が大きく2つに裂けて、天に向かって盃状に口を開いたようになります。口のなかにたくさん入っている小さな茶色の粒のようなものが、種子です。
フデリンドウの実 熟すと開いて盃状になります(中にあるのが種子)
フデリンドウの紡錘形の実は、花の時期とは反対で、天気のいい日は閉じていて、雨の日になると盃状の口を開きます。ポツリポツリと雨が降ってくると、その雨粒がなかの種子を弾き飛ばします。残った種子は、盃状の口に貯めこまれた雨水が溢れるときに一緒に洗い流され、地面に散布されるのです。種子が流れやすいようにと、盃状の口の両側には切れ込みが入っています。
雨上がりに行ってみると、降る前にびっしり入っていた種子は、からっぽでした。
びっしり詰まっていた種子 雨上がり、種子は流れ落ちていました。
雨によって散布された小さな種子は、親元の近くに留まることなく、流れにのって遠くまで運ばれていきます。
フデリンドウの生育に適した環境は、冬から春にかけて地面に光のあたる土地です。明るい草原や適度に草刈りなどが行われている里山周辺であれば、新しい環境で芽を出し花を咲かせることができるでしょう。
フデリンドウの種子ができるのは、梅雨の季節です。種子の散布にもっとも効果のある季節に合わせて結実しています。偶然とは思えず、フデリンドウの意志や知恵のようなものを感じて、不思議な気持ちになります。
フデリンドウの一粒の種子が、この地にたどり着き、発芽し花を咲かせました。
秋咲きのリンドウと春咲きのリンドウの種子の散布の違いは、それぞれの花の一生と深く関係があるようです。その生活史を比べてみました。
秋に花を咲かせるリンドウには、里山で普通に見られるリンドウと高山に咲くエゾリンドウやエゾオヤマリンドウがあります。
リンドウの花 エゾオヤマリンドウの花(蔵王連峰)
秋咲きのリンドウの種子は、春に発芽し成長します。秋にはいったん葉が枯れて休眠し、翌年の春に芽吹いてさらに成長して、その年の秋に花を咲かせます。発芽して花を咲かせるまで2年かかります。
花の直径は4㎝から5㎝ほどで、背丈も30㎝から1mほどあります。春に咲くフデリンドウより花も背丈もはるかに大きくなります。それは、秋に咲くまわりの野草たちの背丈も花も大きいので、対等に大きくならないと光合成の競争に負けて生きていけなくなるからです。
花は9月頃から咲き出し、秋遅くまで咲き続けています。他の草花たちの間から背伸びするように立ち上がり、青紫色から濃い青紫色の花を目立たせ、受粉のために虫たちを呼び寄せ実を結ぶのです。
種子ができるのは晩秋の頃、ちょうど台風や木枯らしが吹き荒れる時期です。種子は、先に述べたように、風の力をかりて散布されます。
冬が近づくと、その年に花を咲かせた地上部が枯れてしまいます。地下には根が残り、翌年からは、その根から芽吹いて毎年花を咲かせます。
春に花を咲かせるフデリンドウの仲間には、ハルリンドウやコケリンドウがあります。県内ではコケリンドウとフデリンドウは見られますが、ハルリンドウはすでに絶滅していると考えられています。(宮城県植物誌2017 宮城植物の会)
蔵王連峰や栗駒山の湿原には、初夏にハルリンドウの変種で高山型といわれているタテヤマリンドウが花を咲かせます。この時期に湿原を歩くと、雪解けに芽を出し始めた高山植物たちにまじって、小さな薄青色の花が顔を出しているのに出会えるでしょう。
春咲きのリンドウの種子は、秋に発芽し成長します。そのまま厳しい冬をのり越えて、春先にすぐに花を咲かせます。
春咲きのリンドウの花の直径をみると、コケリンドウ(約1㎝)、フデリンドウ(約2㎝)、ハルリンドウ(約3㎝)で、背丈も2㎝~3㎝ほどです。秋咲きのリンドウの花とは比較にならないほど小さな花です。
その小さなリンドウたちは、他の草花と競争しなくていいように、他の草花がまだ芽を出す前に、いち早く花を咲かせることで実を結んでいます。
フデリンドウやコケリンドウの種子は、梅雨の時期にあわせて種子散布を行っています。夏に花を咲かせるタテヤマリンドウは、夏山の夕立ちや雷雨が種子散布のチャンスになっているのでしょう。
種子をつくり散布を終えると、春咲きのリンドウたちは、秋になる前に枯れて一生を終えます。次の世代の種子たちは、夏の間は休眠し、秋が来るとさっそく芽生えて春に花咲く準備を始めるのです。
越冬しすぐ花を咲かせます。 春を咲き急ぐフデリンドウは、葉より花が大きい。
秋咲きのリンドウの仲間は発芽したあとゆっくり成長し、背丈も大きくなり、何年も花を咲かせます。一方、春咲きのリンドウの仲間は小さいまま咲き急ぎ結実してその命を終えます。同じリンドウ科リンドウ属の花でありながら、その生活史は異なり対照的です。野草たちがこの地上でそのいのちをつなぐために、花を咲かせる時期を選び、めぐる季節の環境に適応しながら生き抜いていることを、リンドウの花たちの暮らし方からも見えてくるのでした。(千)
◇昨年4月の「季節のたより」紹介の草花