mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより149 クリ

  梅雨入りを知らせる花  縄文の暮らしを支えた樹木

 近くの雑木林で白くふさふさの尻尾のような花が咲き出しました。クリ(栗)の花です。クリの花は梅雨入りの少し前に一斉に咲き出し、この花が終わり、落ちるようになると、梅雨の季節がやってきます。それで、昔は、クリの花を「墜栗花」と書いて「ついり」と読んで、梅雨を知らせる花とされてきました。「梅雨入り」はこの「墜栗花」(ついり)が語源という説もあります。


            梅雨入りを知らせるというクリの花

 クリは普通見慣れている木ですが、ブナの仲間です。ブナ科クリ属の落葉高木で、北海道南部から九州にかけて分布し、宮城県では、平地、丘陵地、山地の雑木林に多く見られます。奥山のブナ林にも混成しているところがあります。

 冬から春先の雑木林に入ると、枯れたイガがそのまま残っている木の枝が見つかり、これはクリの木だとすぐ見当がつきます。そのクリの冬芽を見ると、これがカラフル、おむすび形でクリにどこか似ていて、枝を含めると新作こけしのようにも見えます。こんな発見も冬芽を探す楽しみのひとつです。

   
   イガの残った枝      張り出す枝の冬芽       冬芽の姿 

 春が来ると、芽鱗を通して陽光を感じるのでしょうか。冬芽のなかに折りたたまれていた幼葉が芽吹き始めます。開いたばかりの若葉は黄緑色で感触も柔らか、やさしい雰囲気ですが、一日一日と緑が濃くなり、形もしっかりしてきます。
 クリの葉は互生し、形は細長い楕円形。縁には細かなギザギザがあります。

   
  冬芽の芽吹き       幼葉から若葉へ        クリの若葉

 葉の根元から花芽が伸びて、細長い花序が出てきました。花序には小さなつぼみがぎっしり並んでいて、しだいにその間を広げ、ふくらんで花を咲かせます。

 
   伸びてきた花序(つぼみ)         花が開いた花序

 クリの花が咲くと、クリの枝は白いクリーム色の花にすっぽり包まれました。クリは雌雄同株ですが、穂状についているたくさんの花はすべて雄花です。雄花は強烈な匂いを発散させ、いろいろな昆虫を誘い寄せます。


               満開のクリの花

 ブナ科の花の多くは風媒花で、クリの花粉も風で運ばれますが、クリは蜜腺から蜜を出して昆虫を呼び寄せるので、風媒花から虫媒花へ進化の舵を切り替えた花です。森に咲く多くの花は4~5月に開花し6月初め頃で終わりですが、クリの花が咲き出すのは6月中旬頃です。ブナ科では最も遅く、7月いっぱい咲き続けるので、マルハナバチや小型のハナバチ、ハエ、ハナアブハナムグリ、チョウの仲間などの多くの昆虫が集まってきます。多様な樹種が共存し、途切れなく花を咲かせている森ほど、昆虫たちにとって棲み心地の良い環境はないのです。

 クリの花の雄花は普通小さな花が7個ずつ集まって花穂についています。長く突き出ているのが雄しべで10本ほど。先端の葯から花粉が出ています。

   
   クリの雄花      突き出ている雄しべ     蜜を吸うチョウ

 ところで、雌花はどこにあるのでしょう。雌花は雄花の花序のつけねの所にひっそりと咲いていました。雌花は緑色のトゲのある総苞(そうほう)に包まれています。総苞は花を包む鱗片がトゲ状になったもの。ドングリの帽子のような殻にあたります。総苞には将来クリとなる子房が通常3つずつ入っていて、雌しべの先が白く外に出ています。雌花は蜜を持たないので、花粉は風で運ばれたり、花粉をつけた昆虫がやって来てその上を歩きまわったりして受粉が行われるようです。

 
 雌花は、雄花の花のつけねに咲きます。     白いものが、雌しべです。

 クリは最初に大量の雄花が咲いて、その雄花が咲き終わる頃に雌花が咲き出し、その後にまた少しだけ雄花が咲きます。雄花と雌花の咲く時期をずらして自家受粉を避けています。それでも自分の花粉が雌花につくので、自家不和合性といって、同じ木の雄花と雌花で受粉しても結実しにくいようにし、丈夫な遺伝子を持つ子孫を残そうとしています。

 
      受粉した雌花           大きくなるクリのイガ

 クリのイガは何のためにあるのでしょう。クリは大量のデンプンを蓄えるため、鳥やけものたちに食べられないよう、クリが成熟する前の防御手段と考えられます。でもその防御の壁を潜り抜ける虫もいて、クリシギゾウムシは、柔らかいうちにイガを通して産卵し、その幼虫はクリにデンプンが蓄えられてから食べ始めるので、クリも大変です。成熟したクリに虫が入っているのはその幼虫ですが、すべてのクリに被害があるわけではなく、自然界のバランスは微妙に保たれています。
 なお、クリのイガは、他の果物で言う「皮」にあたり、皮だと思われている茶色の部分(鬼皮)は「果肉」です。私たちが食用としている黄色の部分と渋皮は、いわゆる「種子」ということになります。

 
    イガは4つに裂けます。       普通、3個のクリが入っています。

 クリの仲間であるミズナラやコナラなどのドングリ類は、タンニンを多く含み、トチの実は毒性のあるサポニンを多く含んでいます。クリはタンニンもサポニンも少なく、ブナの実と並んで食べやすいので、森の動物たちにとっては大好物なのです。多くのクリの種子は森の動物たちに食べられてしまいますが、クリの木の分布に一役買っているのが、アカネズミやヒメネズミたちです。これらのネズミたちは、クリが熟す頃、クリの木の下を徘徊して、食べごろのクリを集めて隠しておき、後から食べるという貯食活動を始めるのです。

 
        地上に落ちたクリは、ネズミたちに運ばれ貯蔵されます。

 清和研二氏の『樹は語る』(築地書店)によると、東北大学の大学院生の渡辺あかねさんが、クリの種子に450個の磁石を入れ、金属探知機で追跡すると、ほとんどのクリはネズミたちに食べられてしまっていましたが、4個(1%弱)だけ、食べ残されていて発芽したということです。そして、その場所はすべて生物学でギャップと呼ばれる暗い林床に光がさしこむ場所でした。陽樹であるクリにはギャップの環境は生育に最適の場所で、数は少なくてもそこで大きく育つことができます。
 クリはなぜ、ギャップでは食い尽くされず発芽できたのか、その秘密を明らかにしたのは同大学院生の佐藤元紀さんの地道な観察でした。                  
 9月頃、クリは種子を落下させますが、その頃は、日当たりの良いギャップにも草や低木が茂っています。ネズミたちは藪に隠れて木の実を埋めに走りまわる習性があって、当然その場所にもクリを埋めますが、晩秋になると、草も枯れ低木も落葉して明るくなります。ネズミたちが再びその場所にクリを食べにやってきても、身を隠すところがなく、フクロウに食われるのを恐れて、クリをあきらめてしまうそうです。それで、ギャップに運ばれた種子だけが発芽できるというのです。
 クリの親木は、草や木が生い茂っているギャップに、早めにクリを落としてネズミたちに運ばせているのです。クリを落とすその絶妙なタイミングは、クリが子孫を残すためのみごとな知恵といえるでしょう。

 
  クリの木の樹形    三内丸山遺跡 : クリの巨木の建物(復元)画像 : 写真AC

 クリは太古から人間の暮らしと深い関わりのある木でした。                     
 青森県にある三内丸山遺跡は、今から約4000年~5500年前の縄文人が長期にわたって定住生活を営んでいた大規模な集落跡です。この遺跡から廃棄されたクリの果皮や種子等が大量に発見され、出土した樹木の花粉分析によると、集落以前のナラ類やブナの林が、居住が始まると急激にクリ林に変わっていることが分かってきました。しかも出土されたクリは野生種より大粒なことから、クリは重要な食糧として意識的に栽培されていたのではないかと推測されています。
 クリの木材は水に強く腐りにくい性質を持っていることから、建物の柱や道具にも使われ、遺跡内で最も大きくシンボル的な建物である建造物では、直径約1mものクリの巨木で組まれていました。また、住居の炉跡に残る燃え残りの炭などもほとんどがクリで、主要な燃料材でもあったようです。
 クリは三内丸山で暮らす縄文人の暮らしを支えていた重要な樹木であったことがわかります。古代ばかりでなく、ごく最近まで家の土台にはクリ材が使われ、明治になってからは、鉄道が全国くまなく敷設されるようになり、その枕木の材料として大量のクリの木が伐採されていきました。

 
  クリの木の樹皮(成木)        クリの木の秋の黄葉

 クリの木が人間に役立つ樹木であることは、現在も変わりませんが、人間は役に立つとなると、それをとことん利用し尽くしてしまうという過ちを何度もくりかえしてきました。

 近年、熊が煩雑に里に下りてくる。・・・山村の崩壊が野生動物を人里に近づけているのは間違いない。しかし、根本的な理由は他にある。毎年のように栄養豊富な果実を大量に結実させる大きなクリの木がなくなってしまったためである。クリの木は枕木を作るために大量に伐られ、里山に近い二次林のクリもスギやヒノキに置き換えられた。奥山のブナやミズナラの豊作年は数年に一度であり、両者の不作が重なる年は多い。それに比べクリは極端に凶作が少なく、ほぼ毎年結実する。越冬前の熊にとって、毎年実るクリは頼みの綱ともいえる存在なので「クリさえあればどうにかなる」と思っていただろう。クリを奪われ、どうしたらよいか、本当に困ったに違いない。熊の身になればすぐわかることなのに。人間も目先の利益に目が眩んで、やることが道理に暗い。
 クリの樹々を元通りに増やし、たくさんの実のなる巨木まで育てることが熊を山に留めて置くことに繫がる。(清和研二著『樹は語る』築地書店)

 クマだけでなく野生動物が里に降りてくるのは生存のため。追い払ったり、駆除するだけでは何の解決にもなりません。長い間、彼らのすみかの森林を開発、利用してきた人間の側の責任は重いのです。相手の身になればすぐわかることです。自然をこれ以上壊さないこと。まず森に木の実がたくさんなる木を増やすこと。野生動物たちと共に生きていくために、これまでの人間中心に自然を利用してきた生き方を立ち止まって考えるときが来ています。(千)

◇昨年6月の「季節のたより」紹介の草花