mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

第6回 いじめ問題再調査委員会について

 2月17日開催の上記委員会は、用事があって傍聴できませんでした。翌日の河北新報は、「発言応酬 議事打ち切り/ 仙台南中山中自殺 再調査委 空中分解もという見出しで協議の様子を報じ、さらに20日には「再調査 早期再開を/ 仙台 南中山中自殺で遺族会見」との見出しで遺族父親が早期の再調査委員会の開催を求める記事が掲載されました。再調査委員会の思わぬ方向への急展開にびっくりしましたが、このような事もさもありなんとも思っていました。これまでの審議には期待するものがあっただけに残念ですが、起きるべくして起きた事態とも感じます。

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 新聞記事の伝える状況については、実は17日の再調査委員会を傍聴していた知人のSさんからも聞いていました。Sさんの話と新聞記事をもとにすると、17日の会議は、おおよそ次のような状況だったと思われます。
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 協議の冒頭、村松委員長は《これまでの審議とこれからの進め方》についての見解を示し委員に諮りたいとし、本再調査委員会の責務について説明し出す。その説明を途中で野田委員が遮り《市長から委任されていることと違うのではないか》、《委員長はウソを言っている》などと発言。委員長は最後まで話を聞くよう求めるものの野田委員の発言は続く。村松委員長は、前回(第5回)の委員会で、市教委の第三者委員会(いじめ問題専門委員会)がまとめた報告の経緯を説明にきた大越裕光教育長に対し、野田委員が「あなたたちが(男子生徒を)殺したんだよ」と発言したことなどに触れ、《委員の発言はふさわしくない。委員会は社会的意義のあるものであることから、慎重で建設的な発言につとめることを旨としたい》と提案する。その提案をめぐり会議はさらにヒートアップし、収集がつかなくなったため休憩に入る。
 休憩後、村松委員長が《このような事態が繰り返されるようでは、具体的に審議に入ることは難しい。本日の委員会はこれで終了し、この事態を市長に報告し、判断を仰ぎたい》と発言。堀委員から《それは委員長の職権で決めることか、終了するかどうか委員の意見も聞いてほしい》との意見があり、委員長も了承し各委員の意見を聞く。《紛糾した件を棚上げにして、実のある協議を再開したい》《委員長がこれ以上進められないとの判断に至ったのであれば仕方ない》など賛否の意見が出されるが、最終的に《相手を困惑させ、威嚇し、侮辱するような発言がある中では難しい》として、委員長が職権で打ち切った。
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 私は傍聴できなかったのですが、Sさんが再調査委員会を傍聴して思うところを寄せてくれましたので、以下にSさんの文章を掲載します。( キヨ )

 まずは、委員会としての議事進行の在り方に疑問を持ちました。委員の一人は、これまでも委員会の在り方に疑問をもち、委員長や事務局に対して委員会で確認・話し合われたことを着実に遂行するように求めてきたようです。しかし、そうだったとしても委員長の説明を途中でさえぎり批判する姿は、聞いている傍聴者にとって心地よいものではありませんでした。その委員と意を同じくする人は、聞いて納得できているのかもしれませんが・・・。委員の思いや意を理解できていない傍聴者もいるのです。話し合いの最低限のマナーとして「発言を最後まで聞き、それに答える」ということがなければ、議論はよく分からないものになってしまいます。朝日新聞では、17年3月に答申を出した市教委の第三者委員会からの聴取ができていないことについて委員間に意見の相違があった旨、報じられましたが、委員会は激しい発言の応酬で、傍聴している私たちに伝わることはありませんでした。
 次に思ったことは、これでまた、真相の解明が遅れると言うことです。上記の件を受けて、委員会当日は、遺族側の傍聴者からも落胆の声が漏れました。「なぜ打ち切るのだ。審議を始めて欲しい。」との思いだったと想像します。いじめがあったのか、なかったのか、あったとすればどのように、誰がという真相を遺族が知りたいという気持ちは理解できます。いじめがあったという事実は一つでも、遺族側から見えていること、教職員側から見えていること、生徒から見えていることなど、立場によって、その見え方はちがいます。真相解明は、なかなか困難な課題だと感じました。