mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

60代の若者たちへ  誕生日に念う

 まったくの私事ですが、先日、60代最後となる誕生日を迎えた。その誕生日の翌日、新聞をめくっていると、中程に1頁全面を使って、脚本家・演出家である倉本聰さんの広告(記事)が掲載された。

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 目に飛び込んできた大見出しが、「60代の若者たちへ。」 その後のサブタイトルは「この先をどう生きるか。しまっておいた夢を取り出してみないか。」と大文字で書かれている。
 そうか、あと一年、自分にも60代が残っているなぁと思うと同時に、「しまっておいた夢」はなんだろう?、そんなものがあるかなぁ?などと、立ち止まって考えたのであった。そして昨年読んだ本の中から、白川静さんの「回想90年」(2011年初版・平凡社ライブラリー)を思い出した。13名の著名人とのインタビュー・対談を柱に編んでいるのだが、その中に、石牟礼道子さんとの対談が書かれていた。その冒頭部分では次のように語り合っている。

石牟礼 私も気がついたら70をすぎました。先生はやがて90になられるの に元気に仕事をされているので、私もこれから予定の仕事をしたいと思っております。
白川 私が辞書を書き出したのは73のときです。最後のまとめと思って、2年・2年・6年の10年計画でやりはじめた。「字統」と「字訓」は2年・2年でいけたんですが、最後の「字通」は7年半ほどかかりましたね。  
       ※白川さんは2006年に96歳で他界されています。

 まさにお二人とも、倉本さんのいう「しまっておいた夢」を追い続けていた70代の若者なのだなあと感服するだけの自分でした。

前述の対談の中の次の部分も興味をひくものがあった。

白川;辞書については新村出先生にこう言われたことがあるんです。辞書というものは、言葉の起源を明らかにしなければならん。言葉の歴史を明らかにしなければならん。言葉といろんなものとの関係を圧縮して、そこから広がってゆくようなものでなければならん、とね。そして先生ご自身は『広辞苑』の元の版をおつくりになった。ところが今の『広辞苑』は先生の趣旨からだいぶ外れて、百科辞書のようになってしまってね。先生は、間口は狭くて奥が深いほうがよいと言うておられたんですが、ちょうど逆になりましたな。
    私はそういうお話しを聞いておったものだから、徹底的に字の素性を洗って、文字は孤立しておるのでなしに、縦の系統とか横のつながりとか、いろんな広がりをもっていると考えて、そういう流儀で『字通』を書いた。だから、あれは必要なときに必要なとこだけ見て、パタンと閉じてしまうんでなしに、遊んでほしいと思ったのです。

 白川先生の願いに応え、辞書を遊ぶように使う。これならボクにもできるかな。そして「しまっておいた夢」を残り1年で見つけ出し、70歳をむかえられればいいなあと考えたのでしたが・・・。<仁>