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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

9月5日

 豪雨のニュースがつづく。映像の中で何人もの人が、「こんなのは初めてだ」と言っていた。

 私は北上川の堤防沿いで育った。終戦直後の数年間は、洪水がつづいた。家が丸ごと流れてきたこともあった。

夏になると、川が水泳場であると同時に、魚取りの場であった。夕暮れ時、船場の船を勝手に乗り出して、川のそちこちに仕掛けをする。日の出前にその仕掛けを調べに乗り出すのだが、夜に大雨で仕掛けが流されることが何度もあった。それも、仕方がないと、また新しい仕掛け作りに励むのだった。

川岸はほとんど柳の枝がびっしり並び、洪水の後は、いつも柳の小枝がびっしり土にはりついていて、そのうち、元にもどることを繰り返していた。

盆の入りには盆棚をつくるのだが、盆棚には必ずこの川岸の柳の小枝で作った箸を置くのだった。

なぜ、川岸に柳が植えてあるのかはまったくわからなかった。

90年代になり、生活科の教科書つくりがきっかけで「循環」の授業案づくりのため、土・水・森林・海に関する本を手当たりしだい読んだことがあった。その中の1冊「大地の川」(?)に、著者が、スイス・ドイツの川岸に柳が植えられていたので土地の人に尋ねると、「増水した時の土留めだ」という答えだったと書いてあった。

私はそれを読んで北上川の柳を思い出し、この時になって同じ理由だと納得した。

それがわかると、とたんに気になりだしたのが、そちこちで目につく3面コンクリートの水路だった。

先人は、国を超えて、川べりの土の保護に柳を植えて来た。増水すると、水に押し倒された柳はべったりと土にはりつく。土は保護される。土と植物は見事に同居している。

そのような先人の伝え残した財産は数え切れぬほどあるに違いないが、それがきちんと継承されていないことを残念に思う。

今、騒いでいる防潮堤(壁)なども、今だけしか考えない愚かな例とは言えないか。