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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

3月25日 師の目にも涙、に想う

 先月9日の朝日「折々のことば」は、「こちらが涙の目で睨みつけている師の目にも、そのとき涙が光っていた。 高橋和巳」だった。
 出典は、杉本秀太郎「洛中生息」とあったので、すぐ万葉堂書店に探しに行ったが、見つけることができなかった。 

 なぜ、このようなこだわりをもったかを述べる。
 私の枕元には、10数冊の本と1冊の国語辞典がいつも積んである。それらは、ときどき入れ替わるものがあれば、何年も変わらないものもある。
 しばらく変わらないものの中に、「漢詩一日一首 春・夏・秋・冬」(一海知義著)の4冊本がある。その著者一海さんの書かれた「読書人漫語」に、先の高橋和巳さんのことが載っていたことを思い出したのだ。

 一海さんは、新制大学大学院、京都大学中国文学科博士課程のたったひとりの進学者だった。師は吉川幸次郎さん。研究室に入れば一切日本語を用いてはならないという約束があったという。
 「翌年、高橋和巳が、これまたひとりだけだったが進学して来たので、いささかほっとした」と書いていたことを、「折々のことば」をよむことで思い出し、高橋和巳の「涙」がどんな涙であったのか想像できた。

 しかし、高橋和巳も大いに驚いたから杉本秀太郎さんにそのときのことを話したと思うのだが、「師の目にも、そのとき涙が光っていた」には私も大いに驚いた。

 そして自分の学生時代を思い出した。ドイツ語のK先生が浮かんだ。でも受講生が何十人といたので体を丸めて時間をしのいだ。もし1対1だったら・・・、想像するだけで苦しくなる。教える・学ぶという関係のなかで、少なくとも自分は、高橋和巳のように厳しい師を涙を浮かべて睨むような学びをしなかった。

 また、小さい子どもたち相手のキョウシであった自分が過去のこととは言え、どうしたらよく教えられるか、子どもと涙目で悩み向き合うことはなかった。

 自分がとても恥ずかしくなる「折々のことば」だった。( 春 )