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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

6月18日

 1980年代後半に書かれた色川大吉著「昭和史 世相篇」を読んでいる。初めに、色川は、昭和を3つに区分している。 

 1つめは、1926年から1945年までで「日本が『軍事大国』であった時代」、2つめは、1945年から1960年までの「日本が占領下の諸改革を経験して独立し、戦後復興を成し遂げるまでの過渡期」、3つめは、1960年以降昭和の終わりまで、「日本が『経済大国』となった時代」としている。 

 この3区分に私個人を合わせると、1は「小学生4年まで」、2は「教師生活3年目まで」、3は「教師生活最後の勤務校の前半」となり、自分の歩みを振り返ってみてこの区分にまったく異論なしだ。  

 教師生活のスタート時の1958年の給料の手取りは約7500円。宿直代は1回240円、気持ちよく眠れないこの当番を他の人の分まで何度も引き受けて暮らしをしのいだことを思い出す。

映画「3丁目の夕日」は2つ目のおわりであり、私にとっては人の暮らしのつながりを懐かしく思い出しながら観た。

 3つ目の1960年以降を、色川は「日本の庶民が有史以来の豊かさを実感し、古いライフ・スタイルを次々と振り棄てて変身していく“革命的な”時期」であり「日本列島を吹きまくった『近代化』の嵐と言い換えてもよい。この嵐に直撃された人々の多くは心の安定を失った。」と書く。

 「近代化の嵐が吹きまくった」という第3期は現在にもそのままつながり、嵐はなお激しさを増しているのだろう。3期の入口あたりでは何もかんがえなかったが、今や3期の「経済大国」は怖い。それが今、もっと怖さを増していると思う。

 1期では、戦争は死につながり、「メイヨの戦死」などと言われながら小学生でも恐怖であった。2期はそこからの解放の喜びがあり貧しくとも人のつながりの喜びを満喫できた。しかし、3期はどうだ。「経済大国」になったかもしれないが、人のつながりはズタズタになり、社会は経済優先になればなるど混乱し、特別な悪であったはずの殺人事件は毎日のように報道され、それがいかにも当たり前のように言われ聞かれるようになっている。そしてなお、「経済」を最優先にかかげる首相への期待は、世の中がどうなっても小さくない。

 人間社会がこれでいいはずはない。どこかでパンクするだろう。その前に、自分たちの力でなんとか自省した生き方に転換できないだろうかと「昭和史 世相篇」で考えさせられた。( 春 )