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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

2月26日

 今年の「戦後教育実践書を読む会」は、23日の佐々木賢太郎著「体育の子」(1956年刊)で終わった。宮城教育大学から学生が3人も参加、今年度一番のにぎやかな会になり、4時終了予定が5時を回って、「もう1時間はほしかったね」という声も聞かれた。

 後日、参加者のひとりWさんから「とてもいい会だった。来年度もつづけるのだろう。別の読書会が休みになっているのでたいへん楽しみなのだ。」という電話をいただいた。うれしい第2期の終了になった。

 これまで1期・2期で読み合ったテキストをあげてみる。「山びこ学校」「新しい綴方教室」「村の一年生」「未来誕生」「学級革命」「教師」「新しい地歴教育」「村を育てる学力」「体育の子」。

 ほとんどの参加者はテキストをもっていないし、古本屋でも探すのは困難。それで、案内人にあらかじめ読んでもらっておき、当日、一緒に読む個所を決めてもらって、こちらでコピーを用意して読みつづけた。

 私も、「体育の子」は読んでいなかったし、「村の一年生」もそうだった。隣県山形の土田茂範さんの名とその仕事は古くから聞いていたのだが、恥ずかしくも「村の一年生」を去年初めて読んだ。その時の年齢を忘れた感動は今も体に残っている。このような徹底して子どもの側に立つ教師に一度でも会って話を聞きたかった。

 話は少しそれるが、荒川洋治が「詩とことば」のなかで、初めて網野善彦の「無縁・公界・楽」を読んだ時のことを、「19786月に出ているが、ぼくはそのときこの本が出たことを知らなかった。1978年というこの時期、ぼくは何をしていたのだろう」と書き、つづけて「あたりの風景はずいぶん変わっていたように思う。政治の季節も、興奮の時代も終わり、次から次に生まれる商品に目を奪われるようになる。人は新しいことばよりも新しい品物のほうに魅力を感じた。革命よりも現実のほうが夢をあたえた。文学への関心もうすれはじめたころである」と、自分が網野の本への出会いの遅れた時のことを振り返っていた。

 この荒川の時代観は、50年代に優れた教育実践書が陸続と現れた理由に通じそうに思った。

 荒川の言をもう少し引く。「たった数年のちがいで人間の知ることが変わる。それをあとあとまで悔いるのだとしたら、ちいさなことではない」。

 私も、せめて「村の一年生」に出会っていたら・・・、「体育の子」に出会っていたら・・・と思うと、残念などという言葉などで表せない教師としての大きな大きな悔いごとになる。