mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

『夏のこくご講座2019』のご案内

 今年も恒例の『夏休み こくご講座』を開催します。
 夏休み明けの授業で、子どもたちと楽しく授業に取り組むために、まずは教材作品の魅力やおもしろさに触れながら、この作品でこんな授業をしてみたい、子どもたちとこんなやり取りをしてみたい、そんな思いを自分の中に育ててみませんか。

 夏休みは、日頃できないことを始めるよいチャンスです。リフレッシュもかねて、ぜひご参加ください。お待ちしております。
 事前申し込み等はいりませんので、当日会場にお越しください。

  夏休み こくご講座 2019

 日 時:8月7日(水)13:00~16:00
 ところ:フォレスト仙台 2Fホール
                  (参加費は、無料)

◇第1部 全体会「子どもと授業」を考える(13:00~14:00)
   スイミー」の授業を通して
     報告 小野寺 由美子さん(沖野東小学校)  

 報告いただく小野寺さんの『スイミー』の授業は、その概要を『つうしん94号』の「『書きたい。』だから、書く」のなかで、すでに紹介しています。
 授業は「大型」のスイミーの絵本を使いながら、子どもの生活から想像の世界を広げ、作品の読みを深め合うものです。つうしんを読んだ方からは、もっと具体的にどのように授業を行ったのか聞いてみたい、知りたいとの声が寄せられました。

 また1年生でいうと、こどもたちは「ひらがな」を学び、「ひらがな」という文字を獲得したことで、さらに自分の世界を「読むこと」「書くこと」を通して押し広げていきます。子どもたちの授業のなかでの様子も含め、子どもと授業について参加者で語り交流したいと思っています。

◇第2部 分散会  教材のポイントを考える(14:15~16:00

 【低学年部】『名前をみてちょうだい』『ビーバーの大工事』
 【高学年部】『世界一美しいぼくの村』『一つの花』

 2年生と4年生の教材ですが、読みの授業を進めるうえで欠かせないポイントや作品の魅力、そして物語のもつおもしろさなどをみんなで味わい、考え合います。

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正さんのお遍路紀行(四国・愛媛編)その2

 菩提の道場 ~8日間で愛媛を歩く~

【2日目】3月16日(土) ~歯長峠を歩く~ ( 曇りで寒い)

JR宇和島(7:48)⇒ JR務田(8:05)
         ⇒ 3km ⇒41龍光寺⇒ 4km ⇒42佛木寺(9:50)
             ⇩
         16km(歯長峠)
             ⇩
          43明石寺(13:30)⇒ 2km ⇒ JR卯之町(15:16)⇒ JR松山(16:18)

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      龍光寺山門            佛木寺への道

 徳島にも山を縦走するようなへんろ道があった。11番藤井寺から12番焼山寺までの山道12km。歩いてみたかったのだけど、数日前に焼山寺近くのへんろ道に熊が出たという看板を見てあきらめたのでした。
 愛媛のここ歯長峠も同じような行程なので、絶対歩くぞと決めていた。事前にネットでどんな案配か調べてみると、去年夏の豪雨で通行禁止の車道があり、へんろ道も痛んでいるということだった。さらに、歯長峠は崩落箇所があるために「通行禁止」と出ていた。
 おへんろは全てが自己責任なのだから、絶対無理しないように、とも書いてあった。
 全くその通りである。地元の人に迷惑をかけたのでは、空海の罰が当たる。
 でも、私は突撃してみた。それいけ~。

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     去年夏の豪雨で崩落      峠に向かう登り
        (立ち入り禁止)

 佛木寺を出て山道に入るところに確かに通行禁止のロープがあった。それを見なかったことにしてへんろ道である急坂を登ってみた。ほどなく、上の写真にある崩落箇所にぶつかった。さらにロープで規制してあった。ふ~む。戻るか?いや、それもめんどくさいな。ロープの上の方を藪漕ぎすれば何とかなるでしょう、と歩き出すと、なんと踏み跡があるではないの。
 獣道のような跡ができていた。俺と同じようなやつがけっこういるもんだなと思いながらも、ゆっくり、しかし、しっかり踏みながらそこを抜けた。その後、倒木などもあったがさほどの危険もなく歩くことができた。
 「峠」と言うだけあって、ちょっとした山登りだった。けっこう疲れたが、こういうへんろ道は楽しいなと思う。

f:id:mkbkc:20190625164636j:plain           歯長峠頂上から 

 峠を下りた辺りに急な雨とあられが降ってきてとても寒かった。四国は仙台の3月とは違い、さぞかし春に包まれているのだろうと思ってやってきたが、そんなこともないんだなと思う。高地のせいでもあったでしょう。
 ポンチョにしようかと迷うが、雨宿りの場所もないので、すぐ出せる傘で何とかしのぐ。豆はできなかったが、足はがくがくなので、休憩用のへんろ小屋を探して歩くしかない。次の明石寺まではまだ6,7kmはあるだろう。歩道わきの菜の花に元気をもらってとにかく歩く。

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     菜の花が「しっかり歩けよ!」

 43番明石寺には、「たどり着いた」という言葉がぴったりの疲れ具合で、正直、お線香やらお経やらの所作法がしんどかった。それよりも、お寺入り口にあった茶店であったかいうどんを食いたいと思った。食ったんですけどね。とにかく温かくてうまかった。
 さあ、あと2,3kmがんばりましょうか。 

 四国の山深いへんろ道には、道標だけでなく、石仏やへんろ標示が頻繁に出てくる。特に、へんろ転がしと呼ばれる難所には、励ましの言葉も添えてあっったりした。きつい登りが長く続いてくると、そういうものに気が紛れるもんだなと思ってしまう。
 下りの余裕のあるときには、石仏に声をかけたりもした。「南無大師遍照金剛」と言うべきところを「よっ!」「元気か!」と罰当たりなことを言った。
 決してふざけているわけではない。山の中に一人でいると、何でもいいから話しかけたくなった。寂しいわけでもないのだが不思議だ。石仏とお近づきになったのかな?

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西からの風14 ~私の遊歩手帖6~

  沖縄を歩く 2

 前回「沖縄を歩く1」で、僕は高橋和己の『堕落』について言及した。
 遊歩は奇しき連想と出会いとの往還を歩む歩行である。またしても。沖縄でも。

 『堕落』の主人公青木は、満州から命拾いするように(一時シベリヤ抑留も経験)日本に引き揚げることができ、しばらく中学校の教員を勤めたのち、敗戦直後の神戸に溢れる浮浪児と「進駐軍のとどまるところに次々と産みおとされては見捨てられる混血児」を「一カ所に収容し保護・教育する」福祉事業に、親から継いだ山林を売り払い挺身する人物として設定される。《廃墟に生き残らざるを得なかった者の眼差し》とは如何なるそれか?という高橋文学の運命的主題は、『堕落』においては、幼き遺棄者に身を寄せることを生涯の仕事に選ぶ青木を主人公として登場せしめる。
 ついでにいえば、高橋はこの小説の後書きでこの作品が彼の実体験に何ら根ざすものではなく、まったき想像の産物であることを断っている。満州経験という点でも、主人公の世代設定においても、そしておそらくは混血児保護施設という舞台設定においても。

 そしてこの舞台設定に関していえば、高橋の綿密な資料考証によると思われる『堕落』に次の記述がある。いわく、

連合軍司令部は五十パーセント以上のアメリカ人乃至は白人の血が流れていることを証明できなければ、その混血児のアメリカ移民も養子縁組みも、さらには出生の事実すら認めなかった。…〔略〕…関係した女性が、すでにアメリカ人との混血児であるか、白人たとえば白系ロシア人である例外的な場合を除いては、その子供は要するにアメリカ国家にとっては、保護すべき人間ではなかったのである。

 ところで、僕は沖縄に着いたその夜、学生時代の後輩のTを招き二人の友人とともに四人で飲んだ。彼とはほぼ五十年ぶりの再会であった。今、彼は沖縄の辺野古新軍事基地建設反対運動の中核を形作る諸団体の一つの要職を担っている。そのことは以前から知っていたので、貴重な再会を得ようと連絡を取ったのだ。

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  辺野古ゲート前にいちばん近い団結小屋。全国の市民団体からの訪問者が絶えない。

 「お前は、沖縄出身なんだっけ?」、これが再会を果たすや否や、僕の発した彼への質問だった。「いや、群馬なんだ。郷里は」。「そうだろ。沖縄だなんて、聴いたこと一度もないもんな! あの頃。で、そのお前がどういうわけで ?」
 その経緯は省略する。昔話と今話が入り乱れ、五十年ぶりに会ったとは思えない時空に互いに酔った。

 県知事に玉城デニー氏が選ばれたということがどのような意味で「沖縄のアイデンティティー」を象徴するか?
 話題がこのテーマに移ったとき、Tは、玉城氏の母が玉城氏に語った「忘れた」という言葉の担う逆説、それが沖縄のアイデンティティーを象徴するのではないか、と語った。
 その指摘に僕は心中唸った。
 その「忘れた」という言葉を確かめたくなり、Tと別れて数日後僕はネットの中にそれを見つけた。インタビューに答え、自分の生い立ちを語る玉城知事の言葉の中に。
 「生まれたのはどんな家庭で、デニーさんはどんな子どもでした?」という質問に彼はこう答えている。

とってもわんぱくな小僧でした。僕の本名は康裕ですけれど、最初、母は僕を「デニス」って名付けたんです。父親は当時基地に駐留していたアメリカ人で、僕がお腹にいる時に帰国命令が出てアメリカに帰りました。母は僕が生まれた頃にはまだ僕を連れて渡米するつもりだったそうですが、いろいろと考えて、僕が2歳の頃に、「沖縄でこの子を育てていく」と決意しました。渡米しても苦労も多いだろうという周囲の説得もあったみたいですね。…〔略〕…当時の沖縄でシングル・マザーとして僕を育てていく、というのは並々ならない決意ですから、その時に母は父の写真も手紙も、全部捨ててしまったそうです。だから僕は父の顔もどんな人なのかも全然知りません。物心ついてから母親に聞いても、「もう忘れた!」としか言わないんです(笑) 
僕も成人した後、一度父を探そうかと思ったこともありましたが、いつしか「生きていればそのうち会えるかな」という風になりましたね。世の中にはいろんな家族の物語があると思うけれど、それが僕の家族のストーリー。僕の原点です。

 この一節を読みながら、僕は高橋の『堕落』の中の先のくだりを思い出していた。米軍占領時代が終わり、米国信託統治時代いわゆる琉球政府時代に入るや、前述の混血児への処遇規定がどうなったのか、まだ僕は知らない。しかし玉城知事の母の「忘れた」には、明らかにその規定が体現する《遺棄への意志》に対する彼女の拒絶の意志が木霊しているのではないか?

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    紺の制服と帽子の機動隊員に抗議・説得・問いかけを繰り返す、埋め立て阻止行動の人々。
       阻止行動は、あくまで言論による抗議・論争・説得と座り込に徹するという、非暴力が原則。

 沖縄はかの沖縄戦において「捨て石」として日本天皇制国家から遺棄された。そして沖縄戦が証明したことは、「ひめゆり学徒隊」がその象徴であるように、戦闘の中に遺棄されることは同時に隣人・仲間・家族を遺棄することの苦悩に遺棄されることだということであった。かの朝鮮人徴用工や慰安婦は、日本天皇制国家の植民地主義によってこの遺棄の二重化された苦悩をさらに輪を掛けた形で担わされた。

 沖縄のアイデンティティーの根はこの遺棄の二重化された苦悩にある。その苦悩が生む《遺棄されることも遺棄することも共に拒絶する意志》にある。くりかえしいえばかの「忘れた」はこの拒絶の意志の表明である。この《根》が如何なる芽を生み、茎と葉へと育ち、まだ世界のどこにも存在しない《如何なる遺棄も無い国》となって咲くか? その問いかけをかの「忘れた」は担う。そこには、「忘れない」ことによってこそ「忘れた」がうち開かれ、「忘れた」が示す未来への強い意志はただ「忘れない」意志だけが可能とするという逆説、これが波打っている。

 玉城知事は「玉城康裕」と名のらず「玉城デニス」の愛称「玉城デニー」を知事名として名のった。僕に言わせれば、かかる沖縄のアイデンティティーを体現するために。

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       【写真1】                 【写真2】
写真1:阻止行動の人々。ほとんどが70歳前後の男女、常時40人前後という。ガードマンも機動隊員
    も、自分たちの親や祖父母にあたる阻止行動者にうかつには手を出せない。
写真2:赤い阻止ネット向こうのヘルメットを被った男たちは民間警備会社のガードマン。「県の決
    定に違反する君たちガードマンと機動隊員こそが違法」という論理で頑張る、これが戦術。

 Tは言う。

「『腹八分』って言うよな。八分どころか九分さ!言いたくなる文句、批判、注文はお互いに。沖縄の平和運動の内情を打ち明けていえばさ。その九分を腹に閉まって、残り一分で絶対に団結する。絶対に。たった一分が決定打なんだ。この思想・気構え、たぶん沖縄にしかないと思う。」

 そういう「一分」があり得る。沖縄はかの《遺棄されるーするの二重苦》を生きた希有な土地であることによって。僕にはそう思えてきた。 

 二日目、僕たちは川満さんをガイドとして、まず沖縄でのハンセン病患者の苦闘を一身に戦前から担い続けてきたハンセン病療養所「沖縄愛楽園交流会館」を訪問し、沖縄探訪のスタートを切った。振り返れば、ここでも中核となるテーマは《人間による人間の隔離・遺棄に対する拒絶の意志》であった。

 次回はこの訪問から書き始めたい。(清眞人)

 ※ 写真は、辺野古ゲート前でのもの

正さんのお遍路紀行(四国・愛媛編)その1

菩提の道場 ~8日間で愛媛を歩く~     

3月14日(木)仙台出発~
  東京から寝台特急サンライズ瀬戸 22:00発-坂出 15日 7:08着

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    寝台特急サンライズ瀬戸と、車窓から見た瀬戸内海

【1日目】3月15日(金)

 《なぜ「へんろ」なの?》

 ずいぶん前のこと、NHKで海沿いを歩くお遍路さんの番組を目にしたことがあった。一人ただ黙々と歩く姿が印象的だった。目的を問うインタビューにどう答えていたかまでは記憶にないが、それぞれになにやら重いものを抱えていたように思う。
 自分はそこに興味を持ったのではなく、歩き続けると内面にいったい何が生まれるんだろうか、何かあるんだろうか、どれくらい歩けるものなんだろうか、という仏様とは全く無関係のものでした。単なるアウトドア好きなだけなのかもしれません。
 2年前に、徳島県の1番札所から歩き、高知県を回り、40番札所までを終えていました。歩くときは、自分の「にせ遍路」が表に出ないように心がけた。それは、巡礼の地を汚してはいけないという最低のマナーなのだと自分では思っているからだ。
 今回は、愛媛宇和島からのスタート。ちなみに、88カ所を一度にまわろうとすると、約60日かかると言われている。仕事もあるので、それはできない。いわゆる「一国打ち(一つの県をまわる)」が自分のやり方なのだ。

◇65番三角寺へ (晴れのち曇り13℃)

 JR坂出ーJR伊予三島(8:41)→ ヒイヒイ徒歩 6㎞ →  三角寺(11:00着)

          (13:15着) ←  はあはあ 6㎞   ↲   (11:30発) 

 本当は宇和島からのスタートだが、まだ時間があるのでここで電車を降りて、65番三角寺に行くことにした。とにかく今回はできるだけ歩く割合を増やそうと思い、荷物も最低限にしたつもりだ。

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   えっ!あの山の上か!     65番三角寺山門(標高360m)

 ウオーキング気分で歩き出したが、へんろ道がはっきり分からなくて、最初の4.50分はペースを上げすぎた。ずっと登りだったので予想した時間よりかかってしまう。あせる必要もないのだが、駅まで戻り宇和島までの電車に乗ることを考え、あせってしまった。さらに、靴をしっかり固定しなかったので豆ができた。荷物の重さも加わって、しんどかったな。
 みかんが実り、菜の花があちこちに黄色い春を広げていた。

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 三角寺からの下り。瀬戸内海の春、のどかでいい眺め

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         道ばたにみかんが

 道:今はどんなに山深いお寺にも車で行ける道ができているけど、昔のへん
   ろ道がまだまだ残って いる。民家のすぐ脇にも。暮らしの中におへんろ
   65番三角寺山門 (標高360m) さんも同居しているのが四国じゃ。

  JR伊予三島宇和島へ(16:50着)
 桜と思いきや「すもも」だった。いよいよ明日から歩きが始まるので、夕食は有名な鯛茶漬け。上品でうまかったがけっこうなお値段。ぜいたくは控えましょう。修行ですから。(正)

   宇和島駅のスモモの木
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夏休み、学びの旅に出てみませんか?

夏休みは、出会いと学びの機会がいっぱいです!

 先生たちでつくる様々なサークルの全国集会が、7月末から8月のお盆前にかけて全国各地で多彩に行われます。今回は、それらをまとめてドドーンと一挙紹介します。

 旅行も兼ねて、学びの旅へ出かけてみるのもいいと思いますよ。きっと全国に仲間ができると思います。詳しくは、各団体にお問い合わせ下さい。

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1年生めんこいゼミ(第3回)ご案内

 5月から始まった「めんこいゼミ」も、今回で3回目。多忙をきわめる先生たちにとって、平日の夜開催の学習会に参加するのはなかなかに至難のわざ。それでも足を運び、参加してくれる先生たちがいる。その先生たちに、どれだけ応えることができているだろうか。そんな思いをもちながら少しでも先生たちと一緒に歩んでいきたいと準備しています。ぜひ、ご参加ください。

 さて、2回目の会の様子を「子どもをカタルシス」を中心に少し紹介すると、入学して2か月が過ぎで、「担任の先生はどんな先生かな?」、「あの子はどんな子だろう?」という様子見だった子どもたちも、だんだん本性をあらわし、自分なりの学校での過ごし方を始めているようです。それは教師にとって❝えっ!こんなはずでは❞と言うことの始まりだったりもします。そんなことも交えての「子どもをカタルシス」のひとときとなりました。

 例えば、ある先生からは、授業中に落ち着かず席を離れてふらふら歩きまわる子や、別室登校の子もいる。また子育てについて泣きながら相談をしてくる保護者などもいて、どう対応してよいかわからない。またある初任の先生からは、どう対応してよいのかわからない子が2人。ほかに8人ぐらい自由人がいて、自分を含め3人体制で子どもたちをみている。入ってくれている2人の先生が抜けると、たちまち教室は落ち着かなくなる。授業も初めてというなかで先が見えない等々。

 それらの悩みや課題に対して参加したみなさんからは、「親も子どもも一緒に育つ面があるから、今は素直に先生の言っていることを受け取れなかったとしても理解してくれるようになると思う」、そのためにも「親にきちんと子どもの姿を伝えていくことが大事だと思う」とか、「3人体制だからチームとして時には授業をしてもらったり2人で授業をしたりということはできないかな」などというアドバイスや、「話を聞いてると、大変な子にも《何かできることはないか探している》という言葉が、先生のその子に向けるまなざしなんだなと感じたよ」「先生は子どもたちのことをちゃんと見ていると思うよ」というような感想などが口々に語られました。また「校長先生や管理職は、ちゃんとフォローしてくれてるの?」という疑問の声なども。

 第3回は、前回同様に「子どもをカタルシス」でいろいろな悩みや相談ごと、授業のことや子どもの姿などを交流し合います。後半はひらがなを覚えた子どもたちに、これからどんな学びの経験や体験をさせていくことが大事なのかを、夏休みの「絵日記指導」を切り口にしながら、考えてみたいと思っています。

1年生 めんこいゼミ(第3回)

 日 時 7月10日(水)18:30~20:00

会 場 みやぎ教育文化研究センター
内 容 
① 子どもをカタルシス(18:30~19:30)
     子どもたちの関係を深めるために、お互いの経験や知恵を交流した
     いと思います。
    ② ひらがなから文へ「日記指導」(19:30~)

     「せんせい、なにかけばいい?」「どうかけばいいの?」
     そんな子どもたちに、どう応えたらいいかを考え合います。
 

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『明日の授業のための教育講座』ご案内

 夏休みは、先生たちにとってホッと一息できるときであると同時に、すでに夏休み明けの授業にむけての仕込みの期間でもあったりしますよね。
 先生たちでつくる様々なサークルの全国的な集まりも、7月末から8月お盆前まで多彩に行われます。

 さて今回はそのなかの一つ。毎年夏休みに教職員組合が行っている学習会「明日の授業のための教育講座」(7月27・28日開催)を紹介します。

 今年のテーマは「学びA to Z ここからはじめよう」とのこと。テーマには「今学びたいことが/A to Z 全部詰まった12の講座を/A to Z 阿武隈(abukuma)から蔵王(zao)の地で」という思いが込められているそうです。

 講座は、学級づくりから国語や算数などの主要教科はもちろん、図工や音楽などの実技教科やものづくり、さらに太鼓や特別支援など、まさにA to Zありとあらゆることが学べるようですよ。

 なお、学校の先生たちだけでなく保護者や一般市民のみなさんも参加してみてはとオススメの一つは、今回の記念講演です。
 山田洋次監督のもと「男はつらいよ」シリーズや「学校」シリーズのチーフ助監督をつとめ、また「しあわせ家族計画」の監督をされた阿部勉さんがいらっしゃいます。「映画『学校』から学校現場へのメッセージ」と題しての講演です。どんな話が聞けるか楽しみです。 

 余談ですが、阿部監督が「しあわせ家族計画」を仙台で上映した時に、仙台一高のOBのみなさんなどと一緒になって、上映成功の取り組みをしたのを懐かしく思い出します。

 講座等で使う材料や資料の事前準備がありますので、参加を希望される方は宮城県職員組合まで、お申し込みください。
申込締切は7月18日です。なお記念講演は23日まで。それ以降のときは参加可能か、宮城県職員組合・022-234-4161にお問い合わせください。)

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