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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

2月3日

 テレビは、毎日「トランプ」「トランプ」で、頭がおかしくなる。

    選挙中は、(選挙なんだから、こんな考えやもの言いの人間が出てきても仕方ないか・・・)と思って眺めていた。もちろん内心は、(まさか、こんな人が選ばれることはあるまいから)という思いがあったのだ。

 でも、なんと、この人がアメリカ合衆国の大統領になった。しかも、全米の国民投票でだ。びっくりしたが、世の中の動きをよく見て今考えると、その予兆はイギリスの選挙などにみられていたといっていいのだ。

 この頃、長い時間をかけ、血まで流して確立した「民主主義」は、(このままでいいのだろうか・・・)などと、自分自身でも驚くようなことが心にひっかかるようになっていた。

    トランプは「アメリカファーストだ。選挙で公約した国内の雇用拡大だ。・・」として、移民難民はシャットアウトだとまで大統領令として出した。

 アメリカのそれぞれのルーツをたどったら、トランプをも含めて、彼の言う移民難民と大差ないのではないか。そこにこそアメリカ合衆国が他に誇れる寛容と自由の国であるのではないか。それなのに・・・。

 ぐちってもどうにもならない他国のことだが、「アメリカ合衆国憲法」(1788年成立)を書棚からとりだして眺めてみて、(これでは仕方ないのか、ずいぶん遅れているんだ)と、振り上げた拳をおろしてしまった。ちなみに、前文はこうだ。 

われら合衆国人民は、より安全な連合を形成し、正義を確立し、国内の平穏を保障し、共同の防衛に備え、一般的福祉を増進し、そしてわれらとわれらの子孫のために自由の恵沢を確保する目的をもって、ここにこの憲法アメリカ合衆国のために制定し、これを確立する。 

 このような前文を掲げていながら、アメリカという寛容で自由な国と言われる国を維持してきたのは、入るを拒まず、まさに多くの移民でつくりあげてきたことによるのではないか。でも、過去を忘れてアメリカファーストなどと言っていたら、たちまち崖から転げ落ちるのではないだろうか。

   「戰争まで」(加藤陽子著)の中に、日本国憲法にふれて、「戦争放棄という主旨は、確かにGHQ 草案に起源を持っていたけれども、平和主義の発想は、日本側の発案によって憲法の条項として入れられた」という文があった。私は、(よかったなあ。いつまでもいつまでも守りつづけたい)と思った。このような憲法をもっていながら、トランプ発言に首相のことばが発せられないのは寂しいが・・・。( 春 )