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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

2月5日

 前回は、ついグチってしまった。忙しかったせいもあるが、どうしてこうも、頭の痛くなる事が「クニ」の名で津波のように押し寄せてくるのか。「教育」に関するものだけでも「カイカク」と称して出るわ出るわ。よっぽど「キョウイク」の好きな人たち、いや特別心配性の人たちが政府にそろっているのだろう。でも、どうしたことか、出されるカイカク案なるものはひとつとして私に希望をもたせないのだ。

3・11から間もなく丸3年になる。被災地の人たちは懸命なのに、「クニ」はまるっきり向きがちがうではないか。3・11後の再生は、3・11前にもどることではない。ただもどることであれば、多くの犠牲者、そして被災者はまったくうかばれないことだ。「この国に生まれてよかった」と誰もが思えるような国にどうしたらできるのか、みんなが喜ぶカイカクにこそ本気になって取り組んでほしいのだ。   この前グチったのは、こんなに長く生きてしまった(自分でも驚いている)私がいけないのかもしれないし、今さらユメやキボウを語るもおかしいかもしれないが、こんなに生きる喜びをもてない世の中でいいのだろうかと情けなくなってしまうのだ。   衣食住が十分でなかった何十年も前の、(あの時のあれはよかったなあ)と思うことがいくつもある。株価がどうの、GDPがどうのと報じられても、な~んも関係ない。ますます人間関係が希薄になり生きている喜びを感じることもめったにない。「これは何だ!」と自問することばかりが多くなっている。  「モノ・カネ」よりも大事にしなければならないものを誰がどこに捨てたのか。「生きる」ということを子どもたちにどう教えればいいのだろう。このままますますエスカレートして、どこに行っても「ゼニだ!」「ゼニだ!」と騒ぎ、踊りまくられたらと想像すると狂いそうだ。   今年の賀状に、やなせたかしさんの短詩

幸福は      ちいさい方が

     好きです      大きすぎると      おもいから

をお借りしてそっと載せたのも、こんな気持ちから出た小さな小さなメッセージのつもりだった。  また、グチを並べてしまった。もう グチは止めます、お許しを。