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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

8月11日

K「6日も9日も、4年生だった私のなかではあの日も暑い日だったが、68年前よりもはるかに暑いんだろう。」

T「体感する酷暑だけではないな。体の中のモヤモヤも今年はこれまでになくひどい。   福島がどうなるのか、どうする気なのか、少しも向うが見えない。東電と政府の本気度が伝わ    ってこない。それが体の内のモヤモヤをふくらませてとまらないのだ。」

K「それは平和祈念式典での首相あいさつが、また輪をかけた感じだ。もちろん、露ほどの期待をもっていたわけではないが。政治家の言葉とはその場その場に合わせてしゃべって通り抜けるものとみな考えているとするなら、とんでもない人災と日々闘わなければならないことになるし、そんな闘いは容易にできるわけもない。」

T「新約聖書の中に『~このことばに命があった。そしてこの命は人の光であった。光はやみの中に輝いている。そして、やみはこれに勝たなかった。』とあるが、首相の挨拶に少しも命を感じない。闇に勝つものとしての響きのかけらもない。」

K「でも、ヒロシマ市長もナガサキ市長も首相とは違った。この違いはどこからくるのだろうか。たとえばナガサキ市長は、式典への参加者だけでなく、すべての人にナガサキを代表して責任をもって話していると思った。言葉の一つひとつに命を、人の光を感じた。

田上さんは『このむごい兵器をつくったのは人間です。広島と長崎で二度まで使ったのも人間です。核実験を繰り返し地球を汚染しつづけているのも人間です。』と言った後、日本が核不拡散条約での共同声明に署名をしなかったことについての『世界の期待を裏切りました。人類はいかなる状況においても核兵器を使うべきではない、という文言が受け入れられないとすれば、核兵器の使用を状況によっては認めるという姿勢を政府は示したことになります。』に重ねて、インドとの原子力協定交渉の再開も非難し、『日本政府には、被爆国としての原点に返ることを求めます』と言った。ナガサキの市長として、日本人の一員としての、命をこもった平和宣言だった。」

T「国のいいかげんさには、ヒロシマナガサキも泣きたくなるだろうと思う。もちろん私たちもだ。だから、モヤモヤがどんどんふくれるのだ。」

K「自分も、『言葉に命があり、この命は人の光である』ことを心して残る日々を生きなくちゃ。」