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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

8月5日

 猛暑つづきで身の置き所がない。仕事部屋にはエアコンがないので、仕事を放り投げ、たった一部屋だけあるエアコンの部屋に避難、何することなくじっとしている。

 数日前に“玉音放送”の原版のニュースがどの局からも流れた。

 あの時、小学4年生だった私の8月15日のことは70年経っても少しも薄れることがない。蝉の声も耳に残る。隣の生け垣で咲き乱れるムクゲの花もそのまま私の中にまだ咲いている。松の根掘りに行った母が汗をふきふき山からもどってきた。この日は空は抜けるような青さだった。

 すぐ、母と一緒に同級生M君の家に行った。隣組の人たちがラジオの前にみな集まっていた。“玉音放送”が聴こえてきた。静かに聴いていた人たちの間から「戦争に負けたらしい」とのささやきが出た。午後、母は松の根掘りにはもう行かなかった。

 この“玉音放送”についてもう少し書こうと思っていたが猛暑以上の激しい記事を見てしまったので急旋回だ。なんと、36歳の武藤という衆議院議員が、安保法案に反対する学生団体SEALDsについて、「彼ら彼女らの主張は『だって戦争に行きたくないじゃん』という自分中心、極端な利己的考えに基づく。利己的個人主義がここまで蔓延したのは戦後教育のせいだろうと思うが、非常に残念だ」と書いたという。

 この方は、よほど好戦的な方なのだろう。誰よりも先に「いざ鎌倉」と駆けつける人に見える。しかも、現在審議中の「安保法制案」は「戦争」につながるものと思っていることも間違いなさそうだし、どうやら、自分だけがそう思っているのではないという自信もなんとなく匂う。こんなことを平気で言う“若い”議員がいるということに少なからず驚いた。

 「利己的個人主義がここまで蔓延したのは戦後教育のせいだろう」と36歳が言う。

 戦後も70年。ご自分はごく最近“戦後教育”を受けたはずで、最終学歴になっている京都大学院生までどんな教育を受けたのだろう。戦前の教育を何でどう知ったのかわからないが、頭でしか知らないはずの戦前の教育を「よい」と思っているらしいから、よほどひどい教育を受けつづけた不幸な人のようだ。それでいて大学院まで行っているのだから、私にはますます理解できない。

 私は、競争主義に特化している今の教育に危機感をいだいているが、武藤さんの否定する戦後教育はそうではないらしい。これからも平和をつづくことを願って声を上げ行進することを「利己的個人主義」と断じ、それを「戦後教育のせい」と言い放つ。ぜひ、戦前の教育がどんなにあなたにとっていいと思うかを聞かせてほしいものだ。( 春 )