mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより98 ラショウモンカズラ

  シソ科で最も大きい花  羅生門の鬼伝説が名の由来

 野原に緑が広がってきました。植物のなかには、花の名前はわからないけれど、何の仲間かわかりやすいものが、かなりあります。茎が四角形で、葉が向かい合ってついている(対生)なら、たいていシソ科です。その花が唇型をした筒状の花であるなら、間違いなくシソ科といっていいでしょう。
 春先の野原で青紫色の大型の唇形の花が咲くつる草に出会ったら、ラショウモンカズラです。背丈のわりにこんなに大きな花を咲かせるものはあまりなく、群生しているならなおさらで、一本でも存在感がありすぐ目にとびこんできます。


         草むらに咲き出したラショウモンカズラの花

 ラショウモンカズラはシソ科ラショウモンカズラ属の多年草。本州、四国及び九州に分布、やや明るく、多少湿気のある林内や林縁、渓流沿いなどに自生しています。4~5月に鮮やかな赤紫色から青紫色の大きな花を横向きに咲かせます。

 江戸時代の文献によると、古名はチョウが舞うような花の形から瑠璃蝶草(ルリチョウソウ)という名でもよばれていました。それ以前の記録はなく、古代より知られていた植物であるかどうかはわかっていません。
 ラショウモン(羅生門)の名が出てくるのは、江戸中期の百科事典「和漢三才図会」(1713年頃、寺島良安編)(下左図)です。同じく江戸時代の中期の大阪で活躍した狩野派の町絵師の橘 保国(たちばな やすくに)の「画本野山草」(1755)には「羅生門」という名で、絵(下中の図)が残されています。

   
 「和漢三才図絵」     「画本野山草」の絵       下から見上げた花の姿

 ところで、この「ラショウモンカズラ」という和名ですが、すごい名前をつけたものです。「花おりおり」(湯浅浩史・文・朝日新聞社)では、「現代人には思いも寄らない発想の命名平安時代の中頃、都の羅生門に棲む鬼を渡辺綱が退治。切り落とされて腕と、本種の毛が生えた太い花筒が結びつけられた。」と紹介しています。

 羅生門は、もとは「羅城門」(らじょうもん、らせいもん)といい、雀大路にある平安京の正門として設けられた門です。いつ建造されたかは不明で、文献では建造後の弘仁7(816)年に大風で倒壊、その後再建されたものの、天元3(980)年にまた暴風雨で倒壊するなど、2度の災害に見舞われています。以降、再建されることはなくやがて荒廃、芥川龍之介の「羅生門」に描かれているように、楼閣の上には身寄りの無い遺体がいくつも捨てられ、様々な鬼や妖怪が出る場所となったとされています。

 
   上からながめる花の姿          横から見た花の姿

 ラショウモンカズラの名の由来となる羅生門の鬼退治の話は、鎌倉時代に記された軍記「平家物語」(剣の巻)の「一条戻橋」の鬼の話がもとになっています。いろいろな話が形を変えて語り伝えられていますが、そのなかで室町時代謡曲羅生門」での話は次のようなものです。

 平安時代の後半。大江山の鬼退治を終えた武将・源頼光がその家来である藤原保昌渡辺綱らを招いて酒宴を張っていた。宴もたけなわになったときだった。
 頼光は一同に向って、近頃都で面白い話はないかと尋ねると、保昌が何気なく「羅城門に鬼がいる」と言い出す。これに対して「王城に近い羅生門に鬼が住むはずがない」と渡辺綱が反論して口論となった。
 ならば「確かめよ」との言葉に、綱は頼光から証拠の札を賜り、一人羅生門に向かった。雨風凄まじく、羅生門の石段にあがって 札を置いて帰ろうとする刹那、鬼が現れ、綱はその腕をバサリと切り落とす。鬼は「時節を待ちて又取るべし」の一言を残して、黒雲に隠れ去っていった。 (宝生流謡曲羅生門」より)

 謡曲羅生門」は、ここで話が終わりですが、その後日談が、歌舞伎「茨木」(河竹黙阿弥作)で次のように展開されていきます。(歌舞伎では、鬼の名は大江山の鬼の頭領である酒呑童子の手下の茨木童子ということになっています。)

 羅生門で鬼の片腕を切り落とした渡辺綱は、陰陽師の占いにより鬼は必ず腕(かいな)を取り返しに来るというので、鬼の腕は唐櫃にしっかりとしまい込み、7日間は物忌のために館にこもって誰とも会わずに過ごした。
 その最後の夜に、綱の叔母と称する老婆が訪ねて来て、鬼の腕を見せてくれるように懇願する。育ての親のような叔母の頼みに、綱もつい心が緩み、鬼の腕を箱から取り出して見せると、突如老婆が鬼の姿になってそれをつかみ、「これは吾が手なれば取るぞよ」と叫んで、虚空へ飛び去っていった。(歌舞伎舞踊「茨木」)

 この話は小さい頃、少年雑誌のこども向けの文章でドキドキしながら読んだことを覚えています。調べてみると、「日本童話宝玉集・日本の英雄伝説講談社学術文庫」におさめられている「羅生門」の話でした。作者は、編集者、児童文学者で、主に大正から昭和の戦後初期にかけて活動した楠山正雄(くすやま まさお)です。現在、電子図書館青空文庫」で読むことができます。

 ラショウモンカズラは、青紫色の太い筒状の花を突き出すように咲かせます。派手な模様や毛のはえた花筒を、即座に切り取られた鬼の腕に見たてて想像できた人は、よほど謡曲や歌舞伎に心覚えのある人だったのでしょう。

 
     鬼の腕を連想させる横向きの花      羅生門の鬼の図・鳥山石燕
                           「今昔鬼拾遺」(1781年)より 

 鬼の腕を連想させたこの花の姿ですが、花の形、向き、大きさは、花粉の運び手であるマルハナバチに合わせて共進化したものといわれています。

 ラショウモンカズラの花は、正面から見ると上下の花びらが唇のような形をしているので、唇形花(しんけいか)と呼ばれています。鮮やかな青紫色をした上唇の部分をよく見ると、先端が二つにさけた雌しべが1本と、雄しべが4本、隠れるようについています。下唇側の部分は、白地に紫色の斑点があって、その奥にあご髭のような長い毛がついています。花は大きく口を開いて虫たちを誘っています。

 
  口を開いて虫を待ちます。   上唇側に雌しべ1本、雄しべ4本、見えます。

 マルハナバチがやって来ると、下唇はプラットフォームのような着地場所になります。長い毛は足のすべり止めで、斑点は奥にある蜜のありかを知らせているのでしょう。マルハナバチが蜜を求めて花の奥にもぐりこむと、上唇にある雄しべが下りてきて、長い毛の生えたハチの体中に花粉をつけるしくみになっています。
 筒状の花はマルハナバチがすっぽり入るサイズです。マルハナバチの口(中舌)は蜜を取り出しやすいようにストロー状で、普段飛んでいるときなどはあごの下に収めていますが、花を訪れるときは突き出すようにして花の奥に差し入れ蜜を吸います。蜜を得て飛び出すときは、花粉まみれで、その体で別の花を訪れては、ラショウモンカズラの受粉の手助けをするのです。

 
  下唇はプラットフォーム    花の奥に潜り込もうとしているマルハナバチ

 ホトケノザ(季節のたより50)ヒメオドリコソウ(季節のたより69)の受粉のときも同じようなしくみでした。シソ科の花の唇形花は、細長い筒状の花に潜り込んだハチの背中にうまく花粉をつけてしまうしくみになっています。

 ラショウモンカズラはどんな種子ができるのか、枯れた花殻のなかを探して見たのですが、うまく確認できませんでした。図鑑類を調べても種子の情報があまりなく、種子で増える姿を記録したものは見つかりません。
 増え方を見ていると、花を咲かせる茎とは別の茎が伸びていて、花が終わると地面に這うように勢いよく伸びて増えていくようです。

   
ツルの茎(左)と花の茎(右)  ツルの先     ツルから新しい株ができます。

 フウセンカズラスイカズラテイカカズラなど、名前に「カズラ」のついた植物は数多くありますが、「カズラ」はつる植物の総称を意味しています。その語源をたどると「上代つる草を髪に結んだり、巻きつけたりして頭の飾りとし、これを 鬘(かずら)といった。そのためつる草を〈かずら〉と称するようになったという。」(平凡社『世界大百科事典』)とありました。
 多くのつる植物のツルは、自らの茎や幹で体を支えられないので、他の樹木やものにまきつき、光を求めてより高いところへ茎を伸ばす役目をしていますが、ラショウモンカズラのツルは、違う役目をしています。
 ラショウモンカズラのツルになる茎は、走出枝(そうしゅつし)といい、ランナーとも呼ばれるものです。巻きつくことはせずに、横に地を這うように伸びていき、地面に着くと、そこから芽が出て新たな株をつくります。ラショウモンカズラのツルはランナーとなって親から離れたところで根と芽を出し、栄養繁殖で仲間を増やす役目をしているのです。同じようにランナーをのばして仲間を増やしている植物は、ヘビイチゴシロツメクサカタバミユキノシタなど野にたくさん見られます。

 ラショウモンカズラは、冬になると葉はすべて枯れてしまいます。根は地下に残っていて休眠し、春になると再び芽吹いて成長し花を咲かせます。

 
 階段状につぼみをつけます。    つぼみは握りこぶしのようです。


           ラショウモンカズラの群落地の花

 シソ科の植物は花だけでなく全体に香りを持っています。植物の花の匂いは虫たちを誘い、茎や葉などの匂いは虫や動物たちの食害から身を守る役目をしています。シソ科の花はどちらの役目もしているようです。
 シソ科の植物のなかで、特にシソはその香りの良さで、葉だけでなく、穂、実などが料理に利用されています。春の野に咲くシソ科の仲間で、ホトケノザはシソに似た香りがします。ヒメオドリコソウはちょっと青臭く苦手な人もいるでしょう。カキドオシは揉むとシソのようなミントのような香りで、和ハーブとしても料理に利用されています。
 さて、ラショウモンカズラはどうでしょうか。その名から毒草のように警戒する人もいますが、全く毒性はありません。その匂いはといえば、意外や意外、レモンに近い爽やかな香りなのです。もし、ラショウモンカズラの命名の前に、この香りに着目する命名者がいたなら、別のユニークな名がついていたかもしれませんね。(千)

◇昨年4月の「季節のたより」紹介の草花