mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより80 ノリウツギ

  夏空に似合う花 サビタの花とも呼ばれて

 夏の暑さをやわらげるように山野にノリウツギの白い花が咲き出しました。梅雨明けの夏空に似合う花がノリウツギの花です。
 ノリウツギは北海道から九州にかけて分布するユキノシタアジサイ属の落葉低木です。夏の山に入ると、平地から高山までいたるところで見られる低木ですが、丈が4m近くになるときもあり、アジサイの仲間ではいちばん大型のものでしょう。

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        野山に咲くアジサイの仲間、ノリウツギの花

 ノリウツギのウツギの漢字表記は「空木」で、茎の中が空洞になっている特徴に由来します。茎が空洞の植物はたくさんあって、よく知られているのは「夏は来ぬ」で「卯の花」と歌われている「ウツギ」です。他にも「ミツバウツギ」、「ハコネウツギ」なども身近に見られます。

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    ウツギ         ミツバウツギ         ハコネウツギ

 ノリウツギの樹皮をはいで水に浸してみると、外皮の下にある軟らかな内皮から粘液が出てきます。かつてこれが紙を漉くときの「ねり」とか「のり」に使われていました。ノリウツギ(糊空木)の名の由来もそこからきていて、地方によって、ノリノキ、ノリギ、キネリ、トロロノキ、ネバリノキなどと、どれも「糊」にちなんだ別名が見られます。
 和紙製造が盛んな1940年代までは、ノリウツギが紙漉きに広く利用されていましたが、現在ではトロロアオイという植物の根が多く使用されるようになっているそうです。ちなみに「ねり」とか「のり」といわれるので、紙を漉くときに原料の繊維と繊維を接着するものと思われますが、「ねり」や「のり」は接着力は全くなく、美しい紙を漉くために、繊維を水中に1本1本むらなく分散させておく役目をしているのだそうです。(「和紙の原材料」・阿波和紙伝統産業会館)

 ノリウツギの花が見られる時期に、山地では同じアジサイ属のエゾアジサイツルアジサイ季節のたより54)も咲いています。
 山野に咲き出すアジサイ属の花はどれも似ているように見えますが、ノリウツギの花は横からみると円錐形になっています。エゾアジサイツルアジサイの花は平らに開いている感じがします。それにエゾアジサイの外側に広がる花(装飾花)は、青から淡紅色の変化に富んだ色をしており、ツルアジサイは大きな樹木にツルになってまきついているので、容易に区別ができるでしょう。

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   ノリウツギ        エゾアジサイ        ツルアジサイ

 ノリウツギの花は、大きな装飾花と装飾花の内側に集まる小さな花からできています。装飾花の白い花びらのように見えるものはガク片が変化したもので、花全体を目立たせる役目をしています。装飾花の中心にも小さな花がありますが、これはおしべとめしべが退化していて実ができません。ノリウツギの本当の花は、装飾花の内側に集まる小さな花です。これを真花(シンカ)と呼んでいます。
 真花である小さな花の1つひとつには、花びらが5枚、おしべが10本、3つの花柱のあるめしべがあって、ここに実ができるようになっています。

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   ノリウツギの大きな花の装飾花と小さな花の真花(つぼみと開いた花)
  円形のなかにあるのが真花(拡大)。花びら、おしべ、めしべがあります。

 ノリウツギの花が咲き出すと、円錐形の花の集まりが遠くからでもよく目立ちます。花のいい香りも虫たちをよびよせるのでしょう。蜜もたっぷり準備しているようで、いろんな昆虫が訪れます。モンシロチョウやシロチョウがむらがって、蜜をすっている姿はノリウツギの装飾花と見間違えてしまいます。春から初夏にかけて日本列島を南から涼しい地域へと北上するアサギマダラは、旅の途中でしょうか。栄養を補給している姿もよく見かけました。

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       花びらのように見えるシロチョウ      アサギマダラは旅の栄養補給か

 花が終わっても装飾花は散らずに残って、秋になるとピンクに色づきます。冬になっても枯れずに残って、ドライフラワーになっていました。春が来て冬芽が芽吹き始めても、茶色の色が抜けて白くなった装飾花を見ることもあります。

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 果実が熟すにつれ淡紅色に変化       装飾花は冬もかれずに枝に残る。

 ノリウツギの若葉は食べられるので、茹でてから干して保存し、冬の食糧にしている地方もありました。戦時中は、この若葉を刻んでコメと混ぜて雑炊にして食べたそうです。
 ノリウツギの木は庭木にも使われることも多く、その木材は白くて堅く、樹皮を剥いでも肌が酸化しないことから、木釘や爪楊枝、ステッキや傘の柄、輪カンジキの歯、パイプなどにも広く利用されていたということです。(森と水の郷あきた「樹木シリーズ89」)

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         北海道では  サビタの花とも呼ばれています。

 北海道を旅したとき、ノリウツギの花が山間部のいたるところで見られました。山霧に浮かぶ白い花が幻想的で、北海道ではこの花を「サビタの花」と呼んでいました。
 昭和31年(1956年)にベストセラーとなった小説「挽歌」は北海道が舞台です。作者の原田康子は北海道の地に根をおろし作品を書き続けた作家ですが、そのデヴュー作は「サビタの記憶」という小説でした。

 療養のため、とある温泉地に滞在していた女学生になったばかりの私は、そこで、いつも部屋で本を読んでいる謎めいた青年と出会います。「比田」と名のる青年の明るく率直な物言いと行動に、病弱で孤独な少女の心は慰められ、やがて惹かれていきます・・・・・・・。

 比田さんは、小さな薄黄色い花をいっぱいつけた、低い灌木の小枝を折った。花はいい匂いがした。私は比田さんの手から小枝を取った。
「なんて花?」
「サビタ」
と、比田さんは答えた。タともテともつかぬ発音をした。
「押し花をつくってやろう。うまいんだぜ」
 帰りに気をつけて見ると、その花はあちこちに白っぽく咲いていた。山城館の付近にもあった。私は比田さんが手折ったから、この花も目につくようになったのだと思った。         (原田康子 「サビタの記憶・廃園」新潮文庫

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           一枝に群れて咲くノリウツギの花

 ある日、二人が湖を散歩して帰ると、玄関先でカンカン帽をかぶった男が二人待っていました。その男たちは「ヒロセ」と青年の名を呼ぶと、手首に鉄の輪をはめ、そのまま車にのせて去っていきました。
 旅館の番頭さんや女中さんから途切れがちに聞こえてきたのは、「シソウハンらしいって・・・」の言葉。意味ものみこめず、恐くて唇を噛みしめて嗚咽をこらえる私。残されたのはサビタの花の押し葉。その年の12月に、イギリス、アメリカとの戦争が始まります。

 暗い不安な世に向かう時代、突然訪れた二人の別れに、戸惑い、哀しみ、恐れにゆれる思春期の少女の姿をサビタの花の記憶に重ねて描き、作家高見順より「若草のやうなみづみづしさ」を持つ作品と評されました。(「新潮」1954年度1月号)

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     「サビタ」は夏の季語。「花さびた」として句に詠まれます。   

 「サビタ」という、どこか異国情緒を感じさせる名の語源は、アイヌ語とも東北地方の方言からきたものとも言われていますが、調べてみると、アイヌ語ノリウツギは「ラスパニ rasupani」といい、「サビタ」はアイヌ語ではありませんでした。(帯広百年記念館 アイヌ民族文化情報センター)
 東北の青森、秋田、岩手の3県には、サシタ、サヒタ、サビタ、サプタ、サワフタ・・・・・などと、サビタ系の方言が分布しています。(倉田悟著・「日本主要樹木名方言集」・地球出版) そのおおもとは「サワフタギ(沢蓋木)」と思われ、湿り気の多い土地を好むこの花が沢を覆うように繁っていたことから名付けられ、それが変化したものと考えられるようです。(山形大學紀要・佐藤正巳著・「東北地方の樹木方言」)

 北海道の開拓時代、東北から北海道へ多くの人が移住しました。故郷を遠く離れたその人たちが、季節がくると、開拓地で故郷に咲く花と同じ花に出会ったのでしょう。人々はその白い花に故郷を偲び、懐かしい故郷のことばで呼び合っていたのではないでしょうか。それが、いつか「サビタ」の名で北海道の各地で定着したと思われます。「サビタ」という花の名がどこか哀愁を秘めて響くのも、開拓民の人々の故郷への思いがこめられているからのように思うのです。

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       行くかぎり  未知の空あり  花さびた  藤田  湘子

 真っ白い花は北国の空にも似合うようです。ノリウツギの名も、サビタの名も、人の暮らしを支えていたり、はるか祖先の思いが込められていたりしていると思うと、白い花への愛着もひとしおわいてきます。(千)

◇昨年7月の「季節のたより」紹介の草花