mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより53 ギンリョウソウ

  銀白の竜の姿 光合成をやめた森の植物

 6月は梅雨の季節。雨上がりの日などに森や林を歩いていて、薄暗い林床で、キノコのような、草花のような、全身が真っ白なものに出会ってびっくりしたことはないでしょうか。
 この不思議なものは、キノコではなく、日本全土に分布しているツツジ科のギンリョウソウ(銀竜草)という植物です。
 先端についているのが白い花。白い色は薄暗い森の中では銀色に見えて、下向きの白い花は頭を下げた竜のように見えるというのがその名の由来です。
 中国では、水晶のように見えるということでスイショウラン(水晶蘭)という華麗な名で呼ばれていますが、日本では夏の怪談話の幽霊を連想させるのか、ユウレイタケ(幽霊茸)との別名もあります。

f:id:mkbkc:20200610173719j:plain  薄暗い林床に咲くギンリョウソウ。初めて見る人は何を連想するでしょうか。

 ギンリョウソウは、5月末から8月頃、森や林の薄暗いところで普通に見られ、日本で目にする最も身近な腐生植物といわれるものです。
 全身が真っ白なのは、植物なのに、葉緑素クロロフィルを持たないからです。葉緑素を持たないので、当然、光を浴びて二酸化炭素と水とで栄養(炭水化物)を作り出すという、植物本来の光合成を行いません。
 特に光を必要としないので暗い森の中でも難なく暮らしているのですが、光合成をやめてしまって、どのように栄養をとっているのでしょうか。

 腐生植物というのは、その名前が示すように、以前はカビやキノコと同じように、腐った生きものを分解して栄養をとっている植物だと思われていました。昔の図鑑を開くと、腐生植物の根元を掘ると動物の遺骸が出てくるような説明がされていますが、腐生植物は、カビやキノコと同じような暮らしをしているのではなく、本当はカビやキノコを食べて暮らしていることが分かってきました。

 ギンリョウソウはベニタケ類の菌類に寄生し栄養を吸収しています。
 ギンリョウソウの根には、特殊な能力があって、この根の中にカビやキノコの菌糸が入り込んでくると、その侵入を逆手にとって、そこから栄養を抜き取ってしまうのです。
 腐生植物といわれる植物にはこのようにカビやキノコなどの菌糸から栄養をとっているものが多く、最近は「腐生植物」という呼び名は使われず、代わりに、その実態を正確に示す「菌従属栄養植物」という名が使われるようになっています。

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落ち葉の下から頭を出すギンリョウソウ  茎が伸びて、花を一輪咲かせます。

 ギンリョウソウが地上部に姿を現すと、約2か月間ほどで花を咲かせ実を結んで消えていきます。
 花の時期になると、落ち葉の下から白い頭がむっくり起き上がってきます。単独ではなく多数集っていることが多いようです。真っ白な茎が10cmほど伸びてきます。茎の部分はたっぷりと水を含んでいてプニプニとした感触。茎にはうろこのような葉がついていて、これも真っ白。全身が白いのは、特に白い色素があるわけではなく、細胞内の液胞に含まれる泡が白く見えるのです。

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  花の姿は円筒形、花びらやガクと思わ  中央にめしべ、そのまわりを取り巻く
  れるものもついています。       クリーム色のものがおしべの葯。

 ギンリョウソウは一つの茎に一輪の花を咲かせます。花はうつむきかげんで、子馬の横顔のよう。先端が広がっていて、正面から見ると、青紫色のめしべを10本のおしべが囲んでいて、おしべの先のクリーム色のやく(葯)が目立ちます。
 全身真っ白のギンリョウソウですが、めしべとおしべだけ色がついているのは、虫たちにその存在をアピールするためでしょう。花のつけねのふくらみ(距)にも蜜があってマルハナバチなどが集まってきます。
 虫たちを呼び寄せて受粉を行うしくみは、普通の植物たちとまったく同じです。

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  虫を誘う花の姿      受粉できた花の子房   膨らんできた子房(実)

 ギンリョウソウは花期が終わると地上の植物体は黒く変色し、枯れてやがて姿を消します。うまく受粉できた花は、ヒョウタンに似た実をつけます。こどもたちが見つけると、ゲゲゲの鬼太郎の「目玉おやじ」だと大喜び。この実(液果)にはとても小さい種子が入っています。

 ギンリョウソウは地下茎で株を増やすほか、種子繁殖でも増えますが、この種子の増え方について、2017年に研究者による2つの興味深い論文が発表されました。
 植物の種子散布にはさまざまの方法がありますが、食べられることで種子を運んでもらい、フンと一緒に排出される方法をとっているものがあります。主に鳥やけものたちが種子散布の運び屋をしていますが、昆虫ではアリがその運び屋になっています。ただ、アリの場合は、実を食べて体内で運ばれるわけではなく、種子をあごでくわえて巣まで持ちさられることで運ばれます。
 ところが、ギンリョウソウは、鳥やけものたちと同じように、森にすむゴキブリに実を食べてもらい、種子散布していることが発見されたのです。

 発見したのは、熊本大の杉浦直人准教授と大学院生の上原康弘さんでした。
 杉浦准教授らは熊本市内の大学近くの林にカメラを設置し、肉眼と合わせ約2年間で200時間にわたり、ギンリョウソウを観察。鳥やネズミなどは果実にまったく興味を示さなかったのに、森に広く生息している茶色のモリチャバネゴキブリがしきりに果肉を食べていることを発見しました。ギンリョウソウの実ができるのは、熊本では4月〜6月でモリチャバネの羽化期とほぼ同じ。ちょうどエサを必要とする時期に、腹をすかせたモリチャバネが、ギンリョウソウの実を食べていたのです。フンからは長さ約0.3ミリの種子が見つかりました。
 昆虫が植物の実を食べて種子を散布するケースが確認されたのは、世界初ということで話題になりました。( 2017. 7. 27 ロンドン・リンネ協会の植物学雑誌「Botanical Journal of the Linnean Society」に論文掲載 )

 さらに神戸大学の末次健司特命講師は、ギンリョウソウ、キバナノショウキランおよびキヨスミウツボという光合成をやめた植物3種の種子散布を調査。これらの植物がカマドウマというバッタの仲間の昆虫に種子を運んでもらっていることを明らかにしました。地上で生活する哺乳類がいる地域で、植物がバッタの仲間に種子散布を託す例の発見はこれも世界で初めてのものです。( 2017. 11. 10 国際誌「New Phytologist」オンライン論文 )
 ギンリョウソウは、北は北海道から南は沖縄まで分布していますが、モリチャバネゴキブリは北海道には生息していません。本州で見られるのは主に平地です。ギンリョウソウは、モリチャバネが全く生息しない地域にも多数存在していて、その地域ではカマドウマが種子を運んでいたということです。
 このことから考えると、ギンリョウソウは、その地域に生息している他の昆虫をも種子の運び手にしている可能性も出てきました。

 自然界の未知のできごとが、研究者の地道な研究で少しずつ明らかになっていく。明らかになっていくことで、また新しい問いが生まれて深められていく。
 2つの論文は、ものを学ぶということはどういうことか、未知のものを探求する楽しさやおもしろさを教えてくれているように思います。

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   幽霊に見えるギンリョウソウ。しだいに生活史が明らかになってきています。

 森や林を歩いていると、ちょうどギンリョウソウが見つかる時期に、もう一つの葉緑素を持たない植物が見つかります。それは、ホクリクムヨウランです。
 ホクリクムヨウランは、地面の色に似ていて枯れ木のような姿をしているので、最初は見つけにくいかもしれません。なれてくると、案外そこここに佇んでいるのが見えてきます。
 ホクリクムヨウランは北陸に多いムヨウランの意。ムヨウランとは無葉蘭と書き、葉のない蘭という意味です。葉緑素を持たないので光合成ができません。菌類に寄生し養分を取り入れて生活している「菌従属栄養植物」です。

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枯れ枝のようなホクリク  先端に花を咲かせます。  花は、趣のあるランの花
ムヨウラン                     です。

 ホクリクムヨウランはランと名がついているように、渋みのあるランの花を咲かせます。花後に果実ができて種子を飛ばしたあとも、ギンリョウソウのように消えることはなく、冬も立ち枯れた黒い花茎が残っています。種子を散布し終えた果実は独特の姿で目立ちます。花より見つけやすく、もし見つけたならその場所を覚えておくと、次の年にそこで花を見ることができます。

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ホクリクムヨウランの     立ち枯れた黒い花茎は、  種子を散布し終えた果実の
群落です。          冬まで残ったままです。  姿。自然の造形が美しい。

 森や林の木々は、茎や幹を高いところまで伸ばして葉を広げ、できるだけ多くの日の光をうけて光合成し栄養をつくります。その栄養で、花を咲かせ、実をつけて、次の世代を育てています。
 カビやキノコなどの菌類は、落ち葉や枯れ枝を分解、栄養をとったり、生きた樹木と協定を結んで、ミネラルを植物に供給する代わりに、樹から養分をもらったりして暮らしています。
 ギンリョウソウやホクリクムヨウランなどの「菌従属栄養植物」は、光合成をやめて、そのカビやキノコ類に寄生し栄養をちゃっかり横取りしているわけです。

 共生するわけではなく寄生するだけ。ずいぶんズルイ植物のように見えますが、自然界では、その多様な「存在」に意味があるのでしょう。彼らの自然界での役割が、これからの研究で明らかにされるのかもしれません。
 ともあれ、「菌従属栄養植物」たちが存在していることが森の豊かさの証のひとつであり、森が豊かでなければ彼らは見られない植物たちです。豊かな森は、いろんな生きものたちを包みこむおおらかさを持っているのです。

 森は、雨が降るととりわけ生き生きとして鮮やかに美しくなります。梅雨時の森の中は暗いですが、ふだん見ることのない動植物が姿を見せているときです。
 傘を差してゆっくり足下を確かめながら森や林を歩いてみてはどうでしょう。
 今まで気づかなかった発見や出会いがあり、あらためて自然の豊かさに気づかされることでしょう。(千)

◇昨年6月の「季節のたより」紹介の草花

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