早春の雪割草 葉先から芽をだす分身の術
この花が咲き出すと、灰色の雑木林が急に明るく華やかになります。ショウジョウバカマは、カタクリやミスミソウと共に春を彩る早春の花。一般にミスミソウが雪割草と名づけられていますが、ショウジョウバカマも春の雪を割って咲くことから雪割草と呼ばれています。
早春にいっせいに咲き出す ショウジョウバカマの花
ショウジョウバカマは、従来ユリ科に分類されていましたが、新しい分類ではメランチウム科(シュロソウ科とも呼ばれる)のショウジョウバカマ属で、北海道から九州までのやや湿気のある斜面に見られる多年草です。
変わった花の名前ですが、ショウジョウとは中国の「猩猩」という酒好きの伝説の動物のこと。日本の能に「猩猩」という演目があって、孝行息子の前に猩猩が現れ、酒を飲みかわし孝心をほめて舞いを踊り、汲めどもつきぬ酒壺を授けて去るという物語。その猩猩を演じる能役者は、笑みをうかべた童子の面をつけ、赤づくめの能装束で酒に浮かれて舞い謡うのですが、赤い花はその猩猩の長く垂れた赤毛の頭に、根元に広がる葉は袴に見立てられ、「ショウジョウ(猩猩)バカマ(袴)」と名づけられたもののようです。
以前にとりあげたヒトリシズカの仲間の「フタリシズカ」も謡曲が由来の命名でした(季節のたより26 ヒトリシズカ)。植物の立ち姿に能役者の演ずる面影をみての命名に当時の人の美意識を感じます。一方、庶民的な別名で「カンザシバナ」と呼ぶ地方もあります。花茎の先に咲く花に「簪」をみるというのも粋ですね。
岩場に咲く花 高山の初夏に咲く花
ショウジョウバカマは海辺に生えているかと思えば里山にも生えています。木もれ日の林間にも、広々とした草地やごつごつした岩場にも生えています。かなりの標高の高い雪解けの湿原でも見られるので、ある人は低山の植物だと考え、ある人は高山植物だと思いこんでいるようです。それだけ垂直分布の広い植物なのです。
ショウジョウバカマは、雪解けとともに低山帯から高山帯へと春の訪れを追いかけるように咲き上がっていきます。山歩きをしていると、早春に里山で見かけた花が、数ヵ月のちに初夏の山で再会、というのもよくあることです。
冬越しのロゼット状の葉 葉の中央部に、つぼみをつけます。
ショウジョウバカマは、葉を放射状に広げたロゼット状の姿で冬を越し、春になるとその葉の間につぼみをつけます。つぼみの頃のショウジョウバカマは、まだ背が小さいのですが、やがて花径が伸びてきます。花茎の先には、数個の6弁の小花が集まって横につき、一斉に咲いて赤い玉のような花になります。1個のめしべと6個のおしべが長くつき出て、火花を散らす線香花火のようです。華やかな花を見つけて、冬を越した虫たちが集まってきます。
光に浮かび上がる花の姿 長くつきでるのが雌しべ、やや短いのが雄しべ
ショウジョウバカマは、ひとつの花の中に雌しべと雄しべの両方を持つ両性花ですが、雌しべが先に熟します。雌しべはつぼみの頃からつき出て、もう花粉を受けとれます。開花時も雌しべだけが受粉できるようになっていて、ずっと後から雄しべが成熟して花粉を放出します。最初に他家受粉で多様性のある遺伝子を持つ種子をつくり、それができなかったときに自家受粉で種子をつくるしくみなのです。
黒いのが、雄しべの花粉の袋(葯) 葯がわれて、白い花粉が飛び出します。
花の受粉には、多くの昆虫に花粉を運んでもらう必要があります。そのためにショウジョウバカマは、茎の先の数個の花を順番ではなく一斉に開いて、大きく目立つようにしています。花は盃状に広く開いて、ハチのような小さい虫からクマバチのような大きいものまで、いろんな虫が花の根元にある蜜を楽に吸えるようにしています。寒い季節は虫の種類も数も少なく、どれだけ多くの虫たちに来てもらえるかが重要なのです。虫の種類や数の多い熱帯地方の多くの植物は、ある特定の虫を選んで、その虫だけが吸蜜できるよう、虫の体に合わせた花の形態をしていますが、それとは全く逆です。生息する環境が花の形態を変えているのです。
大きく開く花びら。いろんな虫の吸蜜が楽です。
花が終わると花びらは散らずに残りますが、赤い色はみるまに消えて、褐色に変わり緑がかってきます。色の変化と共に花茎がどんどん伸びて、種子ができあがる頃まで伸び続けます。5月下旬の頃に1m近くになるものもありました。美しい花の時期には想像できないほどその姿を一変させます。
長く伸びる花茎 花茎の先に出来ている果実
花茎の先端にできる果実は、蒴果(さくか)といって、乾燥すると裂けて種子が飛び出すしくみです。種子は軽くて風に飛ばされやすく、高い位置ほど種子を風に乗りやすいのです。花が終わるとぐんぐん花茎を伸ばしていたのはそのためだったのです。伸びた花茎は細くてもしなやか、風が吹くとしなるように揺れて、逆さについた果実を振り子のようにふって種子を散布していきます。
飛ばされた種子は、1か月ほどで発芽しますが、実生はとても小さく、多くが樹木の日かげになり消えていきます。よほど日当たりのよい好条件の地でないと生き残れないのです。
2月の雑木林で、ショウジョウバカマのロゼット状の葉を写真に撮っていたときでした。ファインダーに飛び込んできたのは、大きな葉の先についている小さなこどものような葉でした。大きな葉をそっともちあげると、小さな葉は大きな葉についたまま根が伸びています。ショウジョウバカマは、自分の葉で分身の葉の芽を誕生させていたのです。ショウジョウバカマは種子で増えることの厳しさを知っていたのでしょうか。種子に頼らずに子孫をふやすしくみを長い進化の過程で生み出していたのです。
大きな葉の先につく小さな葉(子どもの株) 子どもの株から伸びた根
植物がこのように種子を使わず、自分の体の一部を新しい個体にしていく増え方を、植物学では「不定芽の栄養繁殖」というのだそうです。
この小さな葉は、昨年の9月から11月頃に形成されたようです。親の葉から栄養をもらって生育し、自分でも根をはやして、やがて独立していくのでしょう。
今まで気がつかなかったのですが、あらためてまわりをよく見ると、大きな株のまわりで、独立して育っている株がたくさん見えてきました。
親株のそばで、分身し自立した子どもの株が育っています。
親と同じ遺伝子をもつ「栄養繁殖」は、親と同じ環境では種子よりもはるかに効率よく繁殖できます。でも、もしその環境に激変が起きたとしたら、たとえば急激な温暖化が進行したときなどは、北方系の植物であるショウジョウバカマは、たちまち死滅してしまう危険性もあるのです。
そのときにその絶滅からショウジョウバカマを救えるのが、受粉でできた多様な遺伝子を持つ種子です。その中に温暖化に耐えられるものがあって、ほんのわずかでも遠くに飛んで新しい個体を誕生させたなら、ショウジョウバカマは絶滅せずに子孫を残すことができるでしょう。新しい個体がまた「栄養繁殖」で、今度は温暖化につよい子孫を増やせるのですから。
ショウジョウバカマは、厳しい自然環境にさらされても、種子と「栄養繁殖」という方法で子孫を残し、そのいのちをつないできているのでした。
太古の昔から いのちをつないできたショウジョウバカマ
ショウジョウバカマは、日本やサハリンなどが原産地で、華やかな花を咲かせますが、現存する文献で最初に現れたのは貝原益軒の『大和本草』 (1709) です。花の命名は室町時代と思われますが、カタクリの花のように和歌に詠まれることもなく、古典にも登場せず、一般には全く注目される植物ではなかったのが不思議です。
ショウジョウバカマは、古代、北米大陸とユーラシア大陸が北部で陸続きであったことを示す重要な生物学的証拠のひとつになっているそうです(ブログ・「海を渡った日本の花」・ショウジョウバカマ)。
ユーラシア大陸と北米大陸がが、氷河による海水面の低下で陸続きになったのは25,000~12,000年前の頃、日本列島にはまだ人類が登場していませんでした。その太古の昔から、ショウジョウバカマは、すでにこの地に根をはり、花を咲かせていたのです。(千)
◆昨年3月「季節のたより」紹介の草花