mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

ペスト時代の教訓から学べ

   休校のミラノの高校で 校長からのメッセージ

 新型コロナウイルスの感染拡大が勢いが止まない。そのような中で2月末、日本政府は全国の小・中・高の学校に3月2日からの一斉休校を要請したことで議論が広がっている。そもそも政府にはそのような権限はないのだが。それにも関わらず全国のほとんどの自治体が各学校に要請通りの指示をだした。その是非は評価が分かれている。

 そのような時、興味深い記事を見つけた。朝日新聞のデジタル版で紹介された記事である。日本と同様の政策をとるイタリアで、休校になった高校の校長が、17世紀のペストの流行を扱った作家、マンゾーニの小説の一節を引用しつつ、「デマに翻弄されず、休みの間もふだん通りの生活を続け、良質な本を読んでください」という生徒に向けた手紙が紹介されていた。
 現在新型コロナウイルスの感染者が300人以上出て対策に奔走しているイタリア北部、ロンバルディア州の州都ミラノにある、アレッサンドロ・ヴォルタ高校のドメニコ・スキラーチェ校長が生徒宛に書いたメッセージである。メッセージの全文は次のようなものだ。
 日付は2020年2月25日である。

 ――ヴォルテ高校の皆さんへ
  “保険局が恐れていたことが現実になった。ドイツのアラマン人たちがミラノにペストを持ち込んだのだ。感染はイタリア中に拡大している…”

 これはマンゾーニの「いいなづけ」の31章冒頭、1630年、ミラノを襲ったペストの流行について書かれた一節です。この啓発的で素晴らしい文章を、混乱のさなかにある今、ぜひ読んでみることをお勧めします。この本の中には、外国人を危険だと思い込んだり、当局の間の激しい衝突や最初の感染源は誰か、といういわゆる「ゼロ患者」の捜索、専門家の軽視、感染者狩り、根拠のない噂話やばかげた治療、必需品を買いあさり、医療危機を招く様子が描かれています。ページをめくれば、ルドヴィコ・セッターラ、アレッサンドロ・タディーノ、フェリーチェ・カザーティなど、この高校の周辺で皆さんもよく知る道の名前が多く登場しますが、ここが当時もミラノの検疫の中心地であったことは覚えておきましょう。いずれにせよ、マンゾーニの小説を読んでいるというより、今日の新聞を読んでいるような気にさせられます。

 親愛なる生徒の皆さん。私たちの高校は、私たちのリズムと慣習に則って市民の秩序を学ぶ場所です。私は専門家ではないので、この強制的な休校という当局の判断を評価することはできません。ですからこの判断を尊重し、その指示を子細に観察しようと思います。そして皆さんにはこう伝えたい。
 冷静さを保ち、集団のパニックに巻き込まれないこと。そして予防策を講じつつ、いつもの生活を続けて下さい。せっかくの休みですから、散歩したり、良質な本を読んでください。体調に問題がないなら、家に閉じこもる理由はありません。スーパーや薬局に駆けつける必要もないのです。マスクは体調が悪い人たちに必要なものです。
 世界のあちこちにあっという間に広がっているこの感染の速度は、われわれの時代の必然的な結果です。ウイルスを食い止める壁の不存在は、今も昔も同じ。ただその速度が以前は少し遅かっただけなのです。この手の危機に打ち勝つ際の最大のリスクについては、マンゾーニやボッカッチョ(ルネッサンス期の詩人)が教えてくれています。それは社会生活や人間関係の荒廃、市民生活における蛮行です。見えない敵に脅かされた時、人はその敵があちこちに潜んでいるかのように感じてしまい、自分と同じような人々も脅威だと、潜在的な敵だと思い込んでしまう、それこそが危険なのです。
 16世紀や17世紀の時と比べて、私たちには進歩した現代医学があり、それはさらなる進歩を続けており、信頼性もある。合理的な思考で私たちが持つ貴重な財産である人間性と社会とを守っていきましょう。それができなければ、本当に ‘ペスト’が勝利してしまうかもしれません。
 では近いうちに、学校でみなさんを待っています。

 

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 ヨーロッパでペストが大流行したのが1630年であるから、約400年後の今も、当時と何も変わらない当局の対応や民衆の行動が、私たちの国でも起きていることは、連日の報道をみても分かる。
 安倍総理が一斉休校の要請をしたのが2月28日の金曜日。土曜・日曜をはさんで3月2日からの一斉休校であるから、どの学校の校長も、教師も、3月2日は朝から、想像を絶する動きを校内で行われたことだろう。
 ドメニコ・スキラーチェ校長のような、心のこもったメッセージを考える暇などなく、ただただ悔しい思いをしたに違いない。4月の出会いから3月の修了式や卒業式までの一連の計画が、突然、一歩も進めることができなくなったのだから。マラソンでゴール目前にレースが中止になったのと同じである。<仁>