mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより44 ヤブラン

  万葉集の「山菅」の花 黒い実は裸の種子

 冬の日差しに黒い実が光っています。たくさんついていた実は、鳥に食べられたのか、地面に落ちたのか、花茎にまばらについた実は、それでもまだ光沢を残しています。
 この実は、夏のおわりから秋にかけ、小さな淡紫色の花を穂状に咲かせるヤブランの実です。

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       冬の日に光る ヤブランの黒い実

 ヤブランは、本州、九州、四国に分布、樹林の木かげややぶの中に普通に見られる常緑性の多年草です。ランといっても、ランの仲間ではなく、旧分類ではユリ科の植物。DNAの解析技術を用いた新分類(APG植物分類体系)では、キジカクシ科ヤブラン属に分類されています。
 ヤブランの名は「葉がランに似てやぶに生えるのでこの名がある」と図鑑で説明。なんだか味気ない命名と思って、「花おりおり」(湯浅浩史・文)を開いたら、「花も実(種子)もランとはほど遠い。ただ、細い葉はシュンランなど東洋蘭を思わせる。」と解説。ヤブランが東洋蘭のイメージと重なると、ランでないのにあえてランと名づけた命名者の思いもわかる気がします。

 ヤブランは、暑さ寒さに強く丈夫で一年中緑の葉なので、昔から歩道の端や、神社・お寺の周りなどに植えられました。最近では「サマームスカリ」や「リリオペ」といった名前で、建築物の基礎まわりの緑化の下草としても人気があります。

 ヤブランは、茎が短いので、光を求めて上に葉を広げることはできません。細長い葉を根元からたくさん伸ばして、先端へゆるやかな曲線を描くように垂れ、四方に広がるように伸びています。そうすることで、木かげややぶの中でも弱い光を効率よく受け止めることができるのでしょう。

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       花茎に集まる ヤブランのつぼみと花

 ヤブランの花は、淡紫色から青紫色の小さな花で、株から伸びた花茎に穂状につけます。夏から秋にかけて咲く花は。実より目立ちます。
 花茎はひと株から数本まっすぐに立ちあがります。初めに2~5個ずつ集まった小さなつぼみをつけて、そのつぼみが下から上へと咲き進みます。

 小さな花は、日中は上向きにほぼ平らに開きます。花びらは内外あわせて6枚、内側の3枚は少し大きく卵形で、外側の3枚は細く小さくなっています。外の花びらはもとはガクだったようです。
 淡紫色の花の中には、おしべが6本、めしべが1本、そのしべの黄色が鮮やかです。小さな花をたくさん集めた花穂は、遠くからでもよく見えて、受粉のための虫たちを呼び寄せています。

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  株の中から立ち上がる 花穂      淡紫色の花びらと 黄色のしべ

 花が終わるとひとつの花に2~5個の実がつきます。ふくらみ始めは緑色、しだいに色が変わり、秋の終わり頃には光沢のある黒い実になります。黒い実は春先まで残るようです。

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   花の終わり      最初は 緑色の実     熟した 黒い実

 鳥たちは赤色の実が大好きです。草や木の実に赤い実が多いのは、草木が鳥の好みにあわせて進化してきたからといわれています。
 赤い実の次に鳥がよく食べるのが、黒い実です。黒色は地味な色ですが、ヤブランやアカネの黒い実は光沢があって光ります。ナツハゼは紅葉した葉を実のバックにしています。サンショウの実は茶色の殻からのぞかせ、ミズキにいたっては、赤い柄と黒の実の、いかにも鳥が好みそうな色の配置で鳥を誘います。(下の写真)
 黒い実をつける草木たちの知恵なのでしょう。その自然のしくみに驚きます。

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      アカネの実         ナツハゼの実

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       サンショウの実         ミズキの実

 日本の古名に、「山菅」(やますげ、やますが)とよばれていた植物がありました。この「山菅」にあたる植物は何なのか。山中に生えるスゲの総称という説と、ヤブラン、あるいはジャノヒゲという説があります。

 万葉集には、その「山菅」(または菅)を詠んだ歌が14首。そのうちの1首を、斎藤茂吉が「万葉秀歌」の中でとりあげていました。

  ぬばたまの黒髪山の山菅に小雨ふりしきしくしく思ほゆ
                   (巻11-2456)
 この歌の内容は、ただ、「しくしく思ほゆ」だけで、そのうえは序詞である。ただ黒髪山の山菅《やますげ》に小雨の降るありさまと相通ずる、そういううら悲しいような切《せつ》なおもいを以て序詞としたものであろう。山菅は山に生えるスゲのたぐい、或はヤブランリュウノヒゲ一類、どちらでも解釈が出来、古人はそういうものを一つ草とおもっていたものと見えるから、今の本草学の分類などで律しようとすると解釈が出来なくなって来るのである。
             (斎藤茂吉「万葉秀歌・下巻」 岩波新書

 現在、スゲといえばかやつりぐさ科のスゲのことですが、平安時代にはヤブランやジャノヒゲなども「山菅」としています。「山菅」が何を指すかは、歌の鑑賞とは別のこと、「万葉集」の歌を味わうときは、茂吉のいうとおりでしょう。それはそれとして、「山菅」を文献から推理することは興味のあることです。

 「山菅」のもうひとつの候補のジャノヒゲは、とても美しい瑠璃色をした実です。いちど本物を目にすると忘れられない色です。ヤブランと同じような所に生え、植栽されています。実は、地面を覆う葉の下につけるので、かきわけると見つけられます。

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 初夏に咲く ジャノヒゲの白い花   冬に見られる  瑠璃色の宝石のような実

 ヤブランとジャノヒゲの実は、変わっています。果実のように見えますが、植物学上「果実」ではなく、「種子」にあたります。
 花が終わると、果実の皮にあたる部分がむけてなくなり、種子がむき出しになります。ヤブランとジャノヒゲの実は、種子が裸のまま成熟するという植物界では珍しい特徴を持つ実です。

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 ジャノヒゲの実(左)とヤブランの実(右)の  種皮をむいたあとのタネ (胚乳)

 こどもの頃に夢中になったのが、小刀で切ったり削ったりして作った竹鉄砲。その玉につめたのが、スギの実、ヤブラン、ジャノヒゲの実でした。ポンッと威勢のいい音が心地よく、いろんな的を目がけて楽しんだものです。
 ジャノヒゲの実は、床にぶつけると弾むので、スーパーボールがわりです。誰のが高く弾むか競争し、飛んだ実はすぐ草むらに消えるので、新しい実探しに夢中でした。そんな遊びが、知らず知らずのうちに、ヤブランやジャノヒゲの分布を助けていたとは、あとになってからわかったことでした。

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       雪の日の ヤブランの実

 今のこどもたちはヤブランやジャノヒゲの実を見つけたら、どんな遊びをするのでしょう。草や木の実だけでなく、枯れ枝、草のつる、落ち葉や松ぼっくりなど、自然からの拾い物は、何にでも変身する素材です。それを使って何をつくり、どんな遊びをするか、空想や想像をしながら、新しいものを生み出すときほど、ワクワクすることはないでしょう。そのあとの心地よい充実感や満足感は、こどもたちを意欲的にしていきます。こどもの日々の遊び方は、大人になったときの人生の楽しみ方に通じています。(千)

◆昨年1月「季節のたより」紹介の草花

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