mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより38 キッコウハグマ

 寒露の頃に咲き出す 小さな野花

 秋分を過ぎてから、いつしか日没が日に日に早くなってきました。朝の空気はしっとりと夜露に潤って少し冷たく感じられます。暦の上では二十四節気の一つで寒露の頃になると、雑木林や野原は本格的に秋が深まり、花の姿が少なくなってきます。草花たちは、花を咲き終えて実をつけ葉を落とし始めました。そろそろ花シーズンの最後を迎えようとする頃ですが、わざわざこの季節を待っているかのようにそっと咲き出す花があります。それがキッコウハグマです。

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   草かげから 背伸びするように花を咲かせる キッコウハグマの花

 キッコウハグマは、キク科モミジハグマ属の多年草。国内で自生するモミジハグマ属の中では最も分布範囲が広く、北海道の道南地方から鹿児島県の屋久島まで広がっています。県内でも山地や雑木林の歩道や岩かげ、モミやスギ林の林床などで白い小さな花を咲かせています。
 高さは10㎝から20㎝程度。図鑑では大きいものは30㎝ほどと記載されていますが、これまで見てきたものは、10㎝前後の小さなものが多いという印象です。細い花径に一個から数個の純白の花を咲かせます。小さいけれど暗い林の中でもほんのりと浮かび上がるように見えてきます。

 キッコウハグマの花は大きさが直径1㎝ほど。一見すると、一つの花のような形に見えますが、じつは3つの花が花束のように集まってできています。
 一つの花は、筒状花(つつじょうか)といわれる筒のようなつくりをしています。花の先が5つに切れ込み、ちょうど5枚の花びらのように見えます。花の中心に見える一個の蕊(しべ)は、雌しべのまわりに糸状の雄しべがとりかこんでいるものです。このようなつくりの花が3つ束ねられているので、花びらが15枚と蕊を3個持つ一輪の花のように見えるのです。切れ込んだ花の先端を見ると、くるりと巻いてかざぐるまのようです。小さい花を目立たせているのです。キッコウハグマの虫たちをよぶしかけは、細やかな手仕事のようです。

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 一輪の花は、3つの小さな花の集まり。     綿毛になると3個の種子ができます。

 キッコウハグマは、漢字で書くと「亀甲白熊」。ちょっと変わった名前です。キッコウ(亀甲)というのは、葉の形からきたもの。葉は長い柄があり、地表にへばりつくようにして放射状に広がります。その葉の形を見ると、どことなく亀の甲羅を思わせます。それで「亀甲」というわけですが、実際の葉の形は、丸みを帯びていたり、角ばっていたりしてどれも同じではないようです。
ハグマ(白熊)というのは、チベットやインドに生息するウシの仲間で「ヤク」という動物の白い尾のことです。この毛は、武将の采配、僧侶の払子(ほっす)、旗や槍などの装飾として使われていて、その装飾のハグマに花の形が似ているところから、この名が付けられました。動物の「白熊」とは全く関係がなく別のものです。

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 キッコウハグマの全体の姿です。草丈は10㎝から20㎝程度。

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  放射状に広がる葉、亀の甲羅を思わせます。

 この「ハグマ」という名前は、他の植物にもついています。県内では、秋の雑木林を歩くと、オクモミジハグマ、オヤリハグマ、カシワバハグマといった花を見ることができます。

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 オクモミジハグマ。葉がカエデの  オヤリハグマ。葉が3裂。槍先に
 形に似ています。          似ています。

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   カシワバハグマ。葉が柏の葉
        似ています。

 これらの「ハグマ」の仲間もキク科の多年草です。それぞれが、名前に似た独特の形の葉をつけています。花も特徴のある個性的な形をしていますので、見比べてみるのも秋の散策のおもしろさでしょう。

 キッコウハグマとこれらの「ハグマ」の草丈を比べてみると、オクモミジハグマは40㎝から80㎝、オヤリハグマは45㎝から85㎝、カシワバハグマは、30㎝から90㎝。どの「ハグマ」もキッコウハグマの2倍から8倍もの大きさです。草丈だけでなく葉も花もキッコウハグマより大きくなっています。
 これらの3種類の「ハグマ」は、夏の終わりから初秋に咲き出します。他の背丈の高い秋の草花も一斉に咲き出します。この時期にオクモミジハグマが花を咲かせても大きな草花の陰にかくれて目立ちません。虫たちも目を向けてくれないでしょう。そこで、キッコウハグマは、出番をおくらせ、秋の草花たちが花を終え、葉を落とす頃を待ってひっそりと花を咲かせ始めるのです。
 秋の深まりとともに蜜を得ることが少なくなった虫たちが、咲いている花を求めてやってきます。キッコウハグマの小さな花にもやってきて、そこで受粉が行われるというしくみなのです。

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    秋おそく出番をおくらせ、花を咲かせるキッコウハグマ

 あとでわかったことですが、キッコウハグマには子孫を残すためのもうひとつの工夫をしていました。夏の頃に雑木林で亀の甲羅のような葉の群落を見つけました。葉から伸びた花径の先につぼみがたくさんあったので、花を見ようとたびたび出かけて観察していたのですが、一向に花が咲かないのです。気がついたらいつのまにか綿毛になっていました。それは花の咲かないキッコウハグマの閉鎖花だったのです。
 キッコウハグマは、秋の終わりに開花するので、虫も少なく受粉の可能性が低いと考えたのでしょうか。つぼみのまま花を開かずに自家受粉する閉鎖花をたくさん準備していたのです。

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 キッコウハグマの閉鎖花     花径に開放花と閉鎖花が一緒についてます。

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 閉鎖花の自家受粉でできた綿毛の種子です。

 閉鎖花は花を咲かせるエネルギーを必要としません。自家受粉するということは、他の花から花粉を運ぶ必要がないだけ受粉が容易で、それだけ種子を多くつけることができます。もちろん、そのようにしてできた種子は、同じ遺伝子を持つ親のコピーなので遺伝子の多様性は失われ、環境の変化で絶滅の危険もありますが、キッコウハグマは、時には他家受粉を、時には自家受粉をと、両方を使い分けながら生き残ってきているのです。多年草で根から毎年芽が出せるというのも強みです。全国に広く分布している秘密もこれでわかるような気がします。

 これまでとりあげてきたキツリフネミゾソバも同じようなしくみで生き残りをかけていました。閉鎖花という花を生み出した植物たちの知恵に、いのちの不思議さを思います。

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  羽はもうボロボロのタテハチョウ、小さな花の蜜を求めてやってきます。

 秋の深まりとともに朝夕の気温も下がり、陽の光も弱くなります。キッコウハグマはその季節を選び、生存の有利な条件にして花を咲かせています。その小さな花に集まる虫たちにとっては、これからが厳しい季節。大きな蝶が小さな花のわずかの蜜をせっせと吸う姿に生きる厳しさを感じます。でも、自然は必死に生きようとしている生きものたちを見捨ててはいないようです。これから、里で咲き出すのは菊の花。続いてサザンカやヤツデ、ビワの花も咲き出します。冬を越す虫たちや野鳥たちの貴重な蜜源となるでしょう。生きものたちが互い生かしあう結びつきは、どんなときでも見られます。その姿を見つめていると、すべてのいのちは大きくつつみこまれて営まれているような自然の意思を感じるのです。(千) 

◆昨年10月「季節のたより」紹介の草花mkbkc.hatenablog.com