清楚な花が 鮮やかな赤色の種子へと変身
普段は雑木林の樹木にまぎれて、とくに目立った特徴もなく今までまったく目立たなかった樹木が、年に一度だけ存在を主張するときがあります。それは花の季節か、実の季節に見られることですが、初秋の雑木林で吊り下がる赤い実で目を引くツリバナもそのような存在の樹木です。
秋雨の後に、水滴をまとったツリバナの種子がゆれていました。
ツリバナはニシキギ科の仲間、日本や中国を原産とする落葉低木で、日本国内では北海道から九州の山地に自生しています。樹高2~4m程の落葉低木で、樹皮は灰色でなめらか、春に新しく伸びた枝は緑色で、古い枝はしだいに紫褐色になります。紅葉の時期になると葉は赤や黄色に色づきますが、他の木々の中では特に目立ちません。特徴的なのは、初秋に緑の葉の下に、球形の果実を吊り下げる姿が見られることです。野山でそのような実を見つけたなら、ツリバナと思って間違いないでしょう。
最初は青い果実です 熟すと果実が割れて種子が現れます。
ツリバナの名前の由来は、その名のとおり「吊り下がって咲く花」からきたもの。5月から6月頃に、葉の腋から長さ6~15cmの長い花柄を出し、淡い緑色から淡い紅色を帯びた小さな花を咲かせます。
この季節は、ヤマボウシやエゴノキ、ヤブデマリなど多くの樹木が次々に花を咲かせます。山道を歩いていても目立つ花の方に目が向きます。近くでツリバナの花が咲いていたとしても、気づかずに通り過ぎてしまうことがほとんどでしょう。
ツリバナの小さな花は、花柄が分岐して、その先端にたくさんついています。一つひとつをよく見ると、清楚で上品な花です。見過ごすにはもったいない花です。
ツリバナの小さな花が、初夏の風にゆれます。
ツリバナの花の形
小さな花は、花びらが5枚ついています。花の中央は、花盤(かばん)と呼ばれる構造です。花盤とは、花びらやガクを支えている花托が大きくなってつき出たもの。その花盤の真ん中に、雌しべが埋もれて柱頭だけ顔を出しています。雄しべは5つあり、花盤の周りに雌しべをかこむように並んで、やはり埋もれて頭だけ出しています。ちょっと変わった花の形です。
小さな花なのでこのままでは虫に気づかれません。それでたくさん集まって虫を呼び寄せるために力をあわせているのです。その小さな花が風に吹かれると、流れるように同じ方向になびき、その姿はとても涼しげで風情があります。いったん、この花が目に入ると、意外にもあちらこちらに咲いているのが見えてくるでしょう。目の前で咲いているのに、見えていなかったということはよくあることです。
ふだん歩く雑木林の小道にちょっとした広場があって、そこに咲くツリバナの花はみごとでした。日暮れ近くにその場所を通ったことがありました。夕陽が雑木林に低く差し込んできたときです。小さな花が突然一斉に光り出しました。
雑木林にさしこむ夕陽で、ツリバナの花が輝きだしました。
わずか数秒の間、きらめく花々はまるで森のシャンデリアのようでした。野山を歩いていると、自然はときに思いがけない光景を見せてくれるものです。
秋になると、初めは緑色だった球形の果実が熟して赤みを帯びてきます。やがて、ある日、くす玉のように5つに割れて、中から鮮やかな赤色の皮につつまれた種子が現れます。
果実が割れて飛び出しています。 種子は果皮の先に吊り下がります。
ツリバナの種子は、果実が割れた果皮の先端にしっかりついていて、簡単には落ちません。紅葉の季節がすぎて落葉するまでには、風雨にさらされその場に落ちるのもありますが、多くの種子は、ヒヨドリ、メジロ、シジュウカラなどの小鳥たちがやってきて、食べて遠くまで運んでくれるのを待っているのです。
ニシキギ科の仲間であるマユミやニシキギも、ツリバナと同じような赤い色の皮につつまれた種子をつけます。
マユミの種子 ニシキギの種子
種子をつつむ赤い皮は仮種皮(かしゅひ)といって、オイルを豊富に含んでいて小鳥たちにとっては大変な栄養分となります。ただしそのオイルには有毒なアルカロイド成分も含まれているので人は食べられません。
野鳥たちにとって、春から夏にかけては巣作りと子育ての季節。この時期は昆虫がたくさんいるので、栄養豊富な虫を食べてヒナを育てることができます。秋から冬にかけては虫が少なくなるので、木々の果実や木の実は、野鳥たちの貴重な食べ物となります。
ツリバナやニシキギ、マユミの種子は鳥たちに食べられても消化されません。消化されるのは種子をつつむ仮種皮の部分だけ、種子はそのまま小鳥のフンと一緒に排出されます。フンは発芽した種子の栄養分となって成長を助けます。自然のしくみはまったくうまくできています。
ところで、秋から冬にかけて見かける果実や木の実の色は、圧倒的に赤色が多いことに気づかれるでしょう。赤色は人間には危険信号の色ですが、鳥の目には食べ物がある場所と見えるようです。果実や木の実が赤い色をしているのは、「目立つ」ことで鳥に見つけてもらいやすくするため。鳥たちが食べて、種子を遠くに運んでもらうようにと、多くの植物は、果実や木の実を赤色に進化させてきたと考えられます。もちろん、赤色とは全く反対の白や黒や青や紫の果実も見られますが、これらの果実は、殻やガク片の色で種子を目立たせる工夫をしているようです。
自然界は決して単純でないところがおもしろいところです。
黒い実が目立つサンショウの実 青い実が目立つクサギの実
現職の頃の家庭訪問で、あるお宅を訪ねた時でした。玄関先の庭に美しい樹形のツリバナの木が一本立っていました。担任していた子のおじいさんが、近くの雑木林の木々が伐採されたとき、ツリバナの木の一枝をもらい、挿し木をして育てたものだそうです。ツリバナは丈夫な樹木なので、日当たりがよく、風通しのよい環境なら、手をかけなくても元気に育つとのことです。
春には清楚で上品な花を咲かせ、秋には鮮やかな赤い実に変身、小鳥たちがやってきてその実をついばむ姿も見られるそうです。そのお宅では、ツリバナの木はさりげなく人の暮らしの傍らにいて、季節感を漂わせ、人の心に潤いをもたらす存在になっていました。
清楚で上品なツリバナの花
緑の葉に映える赤い実と種子
見える場所に一本の樹木があると、その樹木の一年を見つめることができます。春が来れば若葉が開き、花開いて実を結び、やがて落葉し裸木になり、再び春がくれば芽吹き始める。その誠実で確かないのちの営みにふれると、心の安らぎと潤いを感じさせられます。同じくこの地上の生きものとして生をうけた人間の生き方は、今のままでいいのでしょうか。(千)
◆昨年10月「季節のたより」紹介の草花