mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより47 シュンラン

 早春のヴィーナス 野生のランの花

 早春の雑木林で、まだ木々の芽吹きが始まらない林床に、細い濃緑の葉を広げて、その間にひっそりと花をのぞかせているのがシュンランです。シュンランは春に咲くランの花なので「春蘭」と書きます。開いたばかりのシュンランの花は早春のヴィーナス、春の歓びをうたっているようです。

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       春に咲く野生のランの シュンランの花

 シュンランはラン科の常緑の多年草で、北海道から本州以南の低山帯に分布しています。木もれ日のさすやや乾いた土地を好み、雑木林やアカマツ林の林内に群生することが多く、3月中旬~4月中旬頃に花を咲かせます。

 花の咲き始めは、積もった枯葉に隠れているので、雑木林を歩いているだけではなかなか見つかりません。見つけるにはちょっとしたコツがあって、花でなく葉を探します。山道の南斜面などで、木の根かたに注意して、こんもりと枯れ葉が重なり、そこから細い緑の葉がのぞいていたら、落ち葉を掻き分けてみます。葉の間からつぼみか花茎があらわれてきたら、それがシュンランです。

 とはいっても、早春の林の下には、ヒメカンスゲやオオバジャノヒゲなどの同じような葉も伸びているので、最初は同じに見えます。シュンランは、これらの葉より幅広く、ふちに細かいぎざぎざがあってざらつく感じ。何度か落ち葉を掻き分けシュンランに出会えたら、葉の感じを手触りで覚えておくようにしました。

 シュンランの花芽は葉の根元からうすい膜につつまれて坊主頭のようにでてきます。花芽は1個から数個、やがてその花芽から花茎がツクシのように伸びて、その先端に花を1 個咲かせます。

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   薄い膜に包まれた花の芽       花径の先につく花のつぼみ

 花びらは緑から黄緑色、花茎は赤ちゃんの肌の色、前に突き出た純白の花びらには濃い赤紫の斑点も見られて、ラン科特有の花の美しさです。長さは10㎝から15㎝ほどなので、写真に撮るには、地面に腹ばいになる方が楽です。顔を近づけると、かすかに香気もしてきます。

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   横向きの花        正面からみた花      後ろ向きの花

 シュンランの花は花びらが6枚あるように見えますが、外側の3枚がガク片で、内側の3枚が花びらです。そのうち2枚は屋根のようで、その下に雄しべと雌しべがひとつになった蕊柱(ずいちゅう)とよばれるものがあります。そのかげに全部の花粉を袋に入れた花粉塊(かふんかい)がかくれています。もう1枚の花びらは、舌のように突き出て、リップ(唇弁)と呼ばれています。

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   左右対称になるシュンランの花       シンビジュームの花も左右対称

 シュンランは、学名をCymbidium Goeningiiと書くように、シンビジュームの仲間で、花のつくりが似ています。花を正面から見ると左右対称に見えるのはラン科の花の特徴ですが、これは、花を大きく見せて虫たちをよびよせるのでしょう。リップ(唇弁)と呼ばれる花びらは、ハチなどが止まる場所となり、赤紫の斑点もようは蜜のありかの道しるべです。ハチが蜜を吸おうと体を奥に入れると、ネバネバした花粉塊が背中にくっつくしくみです。花が虫たちに花粉を運ばせる方法は、野生ランのネジバナの花とそっくりなのです(季節のたより32 ネジバナ)。

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      春のひざしの中に すっくと立つシュンランの花

 ラン科の花は地球上で最後に現れた植物だといわれています。そのときすでに植物の繁栄しやすい地上は他の植物で覆われていました。ラン科の花はそんな環境の中ですでに繁茂している植物とは違った生き方をしなければ、生きぬくことはできなかったと思われます。

 ラン科の花は他の植物たちと違って花粉を花粉塊にして丸ごと運び、まとめて受粉するしくみをとりました。その花粉塊を確実に運んでもらうために、花のしくみや形状、大きさや、色、香りなどを虫の好みにあわせて、特定の虫だけが蜜をもらえるようにしていきました。ラン科の花がとても美しかったり、特殊でおもしろい形の花が多いのは、花と虫が互いに相手に合わせて姿を変えてきた共進化(きょうしんか)のためなのです。

 生育環境はどうかといえば、熱帯地方に生息するランは、地上で生息できないなら、根は地中におろさず、木の枝や岩場にくっつけばいいと、着生(ちゃくせい)という方法をとったのです。水分は露出している気根で空気中から取り込み、葉を厚く茎を太くして水分や養分を蓄えられるしくみに進化しました。このような花を着生ランといいます。美しいコチョウランやカトレアなどの洋ランは、熱帯地方の着生ランが原種です。

 温帯から亜寒帯にかけては、まだ地上にわりこめる生息環境があったのでしょう。普通の植物と同じように地中から養分をとっている地生ラン(ちせいラン)という種類がいます。里山の雑木林で見られるシュンランやエビネ、ユウシュンラン、キンランなどは、日本に自生する地生ランの仲間です。

里山の雑木林で見られる地生ランの仲間
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  ヒメフタバラン      ユウシュンラン       キンラン

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    エビネ       ホクリクムヨウラン    サイハイライ

 下の写真はシュンランの花の果実です。初冬に雑木林を歩いていて、偶然見つけたものです。果実を見つけたのは初めてで、葉の手触りを覚えていたのでシュンランとわかりました。この中に小さな毛のような種がいっぱい入っていました。

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  見過ごしてしまいそうなシュンランの果実      果実の様子

 シュンランの1個の果実には数万から数十万個の種子が入っているということです。ホコリのような種子は、風によって散布されますが、この種子は発芽させるのに必要な栄養の胚乳を持たず、胚だけでできています。親がお弁当を持たせずに、わが子を旅立たせるようなものですが、種子が地面に着くと、ラン菌をよびよせ、ラン菌から栄養をもらって発芽できるようになっています。
 シュンランが、種子を極限まで軽量化して大量に散らしているのは、多くの種子がラン菌のいる環境にたどり着くようにとしているのでしょう。これもまた、ラン科の花がこの地上で生き残るための進化の姿と考えられます。

 ランの仲間は、地球上で遅れて誕生したにもかかわらず、今は被子植物の中で、もっとも種類の多い植物です。寒帯から熱帯、乾燥地帯から湿地、海岸近くから高山まで、南極をのぞくすべての地域で、その土地にうまく適応しながら、根や花の形、種子の姿も特殊化させるという進化のしかたで、生息地を広げてきたのです。

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  落ち葉の下から出てきたつぼみ       花の開き始めの頃

 シュンランは、地方によりいろんな呼び名があります。例えば「ホクロ」という呼び名は、リップ(唇弁)にある赤紫色の斑点が「ほくろ」に似ているからです。この模様はひとつとして同じものはなく、花の個性をあらわしているようです。そのほか、ホックリ、ハクリ、ジジババなど、いろんな呼び名で、昔から人々に親しまれてきた花だとわかります。
 また、シュンランは、てんぷら、酢の物などにして食べられていました。塩漬けや梅酢漬けにしておいて、春蘭茶としてお祝いの席で出されてもいました。
 昔はシュンランが野山にふんだんに咲いていたので、人々は春の山菜のように楽しんでいたのです。

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     群れて咲くシュンランの花 ちょっと珍しい光景

 そのシュンランが野山では数が激減しています。野生ランブームで根ごと盗掘する人が後をたちません。経済効率をはかる自然林の開発が生育環境が悪化、多くの生息地が消えていきました。それでも、里山では残ったシュンランはまだまだ見られます。早春のシュンランに続いて、ヒメフタバラン、ユウシュンラン、キンラン、エビネなどの野生の多様な地生ランも姿を見せます。山道を歩くとラン科特有の表情で迎えてくれるでしょう。

 多様な植物の仲間が生息しているということは、そこに人もふくめていのちある生きもののつながりがあり、豊かな自然の恵みがあるということです。
 昨年、世界132カ国の政府が参加する「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム」(IPBES)は、これまでの人類の活動による地球環境の悪化によって、数十年のうちに約100万種の動植物が絶滅危機にあるとの報告書を発表しました。そして、人類の自然の関わり方が全面的かつ「抜本的に変化」する必要があると結論づけています。(千)

◆昨年3月「季節のたより」紹介の草花

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