mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

相撲はおもしろい ~ 暮らし方が変わるなかで ~

 大相撲の初場所は終盤戦に入っている。二人の横綱は共に途中休場しているが、土俵の上は連日活気のある取り組みがつづき、おもしろい。

 家で過ごす時間が多くなり、以前よりテレビ観戦に時間を割けるようになった。ゆっくりみられるようになったためか、ただおもしろいだけでなくなってきている。
 これまでは、誰が「勝った」「負けた」とか、好きな力士がどうだったかぐらいで終わっていたのだが、今はまちがいなく違ってきている。
 たとえば、以前は横綱を中心に土俵は回っていると感じていたが、今は、若手が土俵の中心になり、知らない力士が土俵の華になったりと、まさに戦国時代の感があって何よりも楽しい。

 また、このごろ、新しい発見(?)があり、私の観る態度が変わってきていることも、自分の中で相撲を更におもしろくしているように思う。
 最近までは、テレビの解説者は、元横綱大関クラスの話術の特別に長けた人が担当しているものと思って適当に聞き流していたが、時間の余裕は、しぜんに解説にもていねいに耳を傾けるようになってきた。多くは、元平幕だった親方たちの向こう正面での入れ替わりの解説・感想にまでも耳をすますようになっている。
 驚いたことに、これらのどの解説者の話もお見事。私のような者が聞いても的を射ている解説なのだ。

 私がこれまで見ている多くの力士の姿は、土俵上の他は、場所前を知らせる部屋でのぶつかり稽古ぐらい。それが力士の生活のすべてと思いこんでいた。でも、いろんな人の解説・感想は、タダ者ではできえない見事な内容なのだ。多くは、土俵上での「秒の世界」の勝負の勝者と敗者の内面まで見事に抉り出してくれている。
 これらの話は、ただのぶつかり稽古だけで身につけたものではない。一日1回、秒の世界の勝負に己のすべてをかけ、すべてをかけてきた人ゆえに話せる豊かな話なのだ。

 そう考えてくると、現役の力士の一つ一つの所作も気になってくる。自分の取り組みを待つ間、誰しも目の前の土俵を前にして瞑想状態だ。「秒」に向けての直前、内面は激しく動いているにちがいない。控えへの出入りの際も黙している。その間もまた、秒の勝負の前後を描き、反芻して止まないのだろう。
 私は、解説者たちの話に驚き、相撲の世界の見方があまりに浅かったと恥ずかしくも思うが、一方で、新たな相撲のおもしろさや見方を知ることができ、うれしくも感じている。( 春 )