mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

東京エキストラ物語3 ~ ゴーイング・マイ・ホーム ~

mkbkc.hatenablog.com

「あした、東京に行っていいかな?」
「お母さんのこと? このところずっと行ってたのに」
「お袋のことじゃないよ」
「じゃあ、なに?」
「いや、ちょっと・・・、是枝さんのトークショーがあるんだよね。」
「是枝さんの話を聞きに行くの? まあ~、いいけど」

 震災から1年9ヶ月あまりが経っていた。ここ1年ほど我が家は、千葉の施設にいる母親の見舞いと葬儀で何かと出費がかかっていた。仙台からの交通費は新幹線の往復だと2万、家族四人だと6万、月2回ともなれば交通費だけで12万かかってしまう。そんな出費も妻はとやかく言わなかった。それどころか「お母さんのことなんだから仕方ないでしょ。お金にかえられないことよ。」と、逆に出費を心配する私をいさめた。

 横でこたつに入りながら、お笑い番組をゲラゲラわらって見ていた息子が、「お父さん、明日の東京はやめた方がいいよ。昨日大きな地震あったから。3月11日のときも2日前に大きな地震あったでしょ。だから明日はやめた方がいいって。もしかしたら、明日は大きな地震来るかも知れないし」とマジ顔で言う。「そんなことないだろう」と返しながら、内心ちょっと気になった。「そうよ、お金余分に持ってってね。地震あったら、お金だって簡単に引き出せなくなるから」と、妻まで息子の話にのって言う。日帰りだから着の身着のままでいいはずなのに、あの日以来どこか外出するとなると、必要以上にあれこれ持って行ってしまう。保険証にマスク、キズバン、風邪薬もあった方がいいかな? 寒くなってきたからホッカイロも。そうだ、帰れなくなったら余分に上から着る服も。そんなこんなで、いつの間にかディバックは、ぱんぱんになった。

 是枝さんの話を聞きに東京に出かけたのは師走初め。ずいぶん空気は冷たくなっていたが、仙台に比べればまだまだ暖かい。すでに都心の繁華街はどこもかしこもクリスマスと歳末商戦で賑やかだった。
 トークショーの会場は表参道からしばらく歩いたところにある。地下鉄の改札口を出てA5の出口から地上に上がると、冬の弱い午後の陽が目の前に淡く拡がる。空気はひんやり冷たく澄んで気持ちいい。行き交う人は、みんな和やかでとても楽しそうだ。道沿いには洒落た店舗がいくつも並んでいる。ショーウインドーの向こうの世界は別世界で、足を踏み入れるのも気が引けてしまう。震災から1年9ヶ月が経つが、東北の被災地はまだまだ震災の傷が癒えない。いや、日が経つごとにジワジワとやり場のない思いが心に浸潤し、何とも言いようのない疲れが溜まっていく。今日は、東京での1日を楽しもうと思って来たはずなのに・・・。師走の表参道の世界に溶け込むことのできない自分がいた。

 そんな気持ちを抱えながら、ひたすら会場をめざした。会場は、街の喧騒を抜けた住宅地にぽつんとある煉瓦づくりの洒落た建物だった。半地下へと続く会場の入り口には、すでに開場を待つ若い女性たちがおしゃべりに花を咲かせている。場違いなところに来てしまった感が、よりいっそう膨らんだ。身を寄せるところを失い、行く当てもなくしばらく歩いて行くと、大きなお寺の門前に出た。その辺りを行く当てもなくぶらぶらとほっつき歩いた。

 是枝さんは、今や時の人だ。その年のカンヌ映画祭で賞を取り、一挙にお茶の間をにぎわす話題の人となった。映画の主人公を演じたのが福山雅治だったことも、よりいっそうマスコミの報道熱に拍車をかけた。映画監督が、これだけ露出するのもしばらくぶりのような気がした。その是枝さんが、その受賞熱も冷めない9月からテレビ初の連ドラを指揮監督した。今日はその番組のトークショー

 連ドラも中盤から終盤にさしかかった回でのことだった。主人公の夫(阿部寛)と妻(山口智子)との会話が突然耳に飛び込んできた。

妻「帰っていく場所なんてなくていいんだって、ずっと私も思ってたけど」
夫「ここあと、何年残ってるんだっけ?」
妻「ローン?15か16。なんで?」
夫「自分の家持つのって昔から夢だったんだけど。でも何て言うかさ、ここは

  萌江の実家っていうか、故郷になれるのかなって思ってさ?」

 「帰っていく場所」「故郷」、その言葉が父と母を喪い、帰る場所を失った私の耳の奥に残った。私と同じように両親を亡くし、団地暮らしでもあった是枝さんは故郷をどう考えているのだろう? 無性にそのことが知りたくなった。

 トークショーは、連ドラの裏話や俳優さんの演技のすばらしさなど、楽しい話が続いた。会場いっぱいのお客さんたちはそれらの話に聞き入り満足していた。もちろん私も。でも、聴きたかったことは聞けなかった。それでも、来てよかったと思った。表参道を歩きながら、自分の今の自然な気持ちに気づくことができたのだから。トークショーの終わった静かな夜道を、最終の仙台行き新幹線をめざして、ひとり歩いた。( キヨ )