mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより41 ヤツデ

   天狗のハウチワのような葉、雄花が雌花へ変身

 1年のうちで、陽のさす日が最も短い季節になりました。雑木林は、わずかに常緑広葉樹だけが暗い緑を残しています。多くの植物にとって試練のときですが、この季節を選んで凛然として咲いている花もあります。ヤツデの花もその一つです。

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        寒さの中、ヤツデの白い花が輝いています。

 ヤツデは、東北南部以南、四国、九州の海岸近くの林内に分布しているウコギ科ヤツデ属の常緑低木です。
 手を広げたような葉は、とても大きく、濃い緑色で、幾重にも重なって広がっているので、昔はトイレの目隠しに利用されたり、魔物除けの力があるとされ玄関先に植えられたりしてきました。今はそれらが野生化して、住宅地に近い野山や雑木林の中でも見られるようになりました。
 高さ1~3mくらいの低木ですが、時には6mくらいに育ちます。常緑で葉が大きいので南国の植物のような雰囲気をしています。でも、南国原産の外来種ではなく、れっきとした日本原産の固有種です。
 江戸末期に、シーボルトがヨーロッパに持ち帰った多くの日本の固有植物の中に入っていて、学名は「Fatsia japonica 」(ファテシア・ジャポニカ)と名付けられました。「japonica 」は「日本の」という意味です。Fatsia (ファテシア)は、当時、日本では、ヤツデ(八つ手)を「はっしゅ」と読んでいたとか、「八」の発音が「ふぁち」だったとか、諸説ありますが、これらの日本語に由来するといわれています。
 ヤツデは、あまり手入れがいらず、丈夫で育てやすい常緑樹なので、西洋でも観葉植物として好まれ、今では世界中に広まっているようです。

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        南国風の葉ですが、日本の固有種です。

 かこさとしさんの絵本で、小さい子に人気なのが「だるまちゃん」シリーズ。その第一作「だるまちゃんとてんぐちゃん」(福音館書店)のお話で、ちいさいだるまちゃんがちいさいてんぐちゃんの持っているうちわが欲しくなって、探して見つけたのがこのヤツデの葉でした。だるまちゃんは、てんぐちゃんに「ずいぶん いいものみつけたね」とほめられます。
 ヤツデはその形といい、大きさといい、天狗が、魔物を追い払ったり、空を飛んだり、火を自由に操ったりするために使う「羽団扇」によく似ています。各地に伝わる伝説の「天狗」は、必ずヤツデの葉か、ヤツデの形をした団扇を持っていて、それでヤツデは「テングノウチワ」「テングノハウチワ」との別名でもよばれます。

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        天狗のハウチワに、ぴったりのヤツデの葉

 生活科の授業で、低学年のこどもたちと冬の自然探検に出かけた時のこと。
ヤツデを見つけて、こどもたちが「これは何?」と聞くので、「葉っぱが手のひらのようだから、それで八つ手(ゆび)っていうんだよ」と教えました。
 次の朝、教室で、ケンちゃんという男の子が「先生のうそつき! 8本のゆびなんてなかったよ。9本も11本もあったんだから」というのです。あわててヤツデの葉の裂片を確かめてみたらケンちゃんのいうとおり。すぐ子どもたちに謝まって、他のヤツデの葉の裂け方も調べることにしました。こども探検隊が手分けして、学区のヤツデの分布図を作り、葉の裂けている数を調べたら、8がなく、5・7・9・11と、なぜか奇数に裂けている葉が多いと分かりました。
 私は葉が八つに深く切れ込むので「八つ手」なのだと勝手に思い込んで、こどもたちに教えた失敗でした。
 江戸の「八百八丁」や「八百八橋」で使われる「八」は、数ではなく「たくさん」の意味をあらわしています。また「八」は、裾が広がるように見えるので「末広がり」の縁起のよい数字と、昔から考えられていたようです。「八つ手」の「八」もまた、葉の裂けた数ではなく、「たくさんの」とか、「縁起のよい葉」とかという意味で使われていたのでした。

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  5つに裂けていたヤツデの葉      7つに裂けていたヤツデの葉

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  9つに裂けていたヤツデの葉      11に裂けていたヤツデの葉

 ヤツデの花は立冬の頃から咲き始めます。ヤツデの咲いている花を見ると、2種類の花があるので、これは雄花と雌花で、別々に咲く花と思っていました。ところが、ヤツデは両性花で、同じ花が雄花から雌花へと転換する花でした。

 最初に両性花のつぼみが開くと、小さい白い五弁花があらわれます。雄しべが長くつき出て線香花火のように華やか。遠くからでも見えますが、ルーペでのぞくととてもみごとです。両性花ですが、雄花だけの花の集まりのように見えるので、この時期を、両性花の「雄性期(ゆうせいき)」とよんでいます。花のまわりには、ハナアブやハエのなかまが集まってきます。下の写真は雄性期の花の姿です。

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    雄花の花の集まり

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    つき出ているのが 雄しべ

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  花の枝全体が、雄花の集まりのようになります。(雄性期のヤツデの花)

 雌しべは雄性期にも少し顔を出していますが、未成熟で受粉できないようになっています。雄性期の雄花が花粉をだす役目を果たすと、花びらと雄しべはパラパラとこぼれるように落ちてしまいます。花は坊主頭のようになって(花盤といわれるところ)、その頭の中心に雌しべが伸びてきます。雄花から雌花への転換が始まり、やがて雌花だけの花のようになります。このようになる時期を、両性花の「雌性期(しゆうき)」とよんでいます。下の写真は雌性期の雌しべだけの花の姿です。雌しべは成熟して、虫たちが運ぶ他の雄性期の雄花の花粉をもらって受精します。

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  花全体が、雌花の花の集まりのようになります。(雌性期のヤツデの花)

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    雌花の花の集まり

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   花盤から突き出ているのが 雌しべの柱頭 

 ヤツデの花は、両性花が雄性期から雌性期へと転換して、同じ花なのにまるで違う花のように姿を変えます。これまで見てきた多くの植物も自家受粉を避けるため、両性花の雄しべと雌しべの成熟期をずらしていました。ヤツデは花の形をすっかり変えて、確実に他家受粉できるようにしているのでした。

 ヤツデの花は花期が長く、雄性期の花と雌性期の花が混在して咲くので花粉を運ぶ虫たちがいれば、いつでも受粉できます。虫の数の少ない冬に虫たちを呼び寄せる工夫もぬかりがありません。
 雄性期の花も雌性期の花も、雄しべや雌しべの下の、うす黄色の丸い花盤とよばれる場所に、甘い蜜をたっぷり用意しています。しかもその花盤は、「寒い冬でもハエに活動してもらうため床暖房を用意」(「昆虫の集まる花」田中肇 文一総合出版)しているというのです。蜜と暖房を備えたヤツデの花は、寒い冬を過ごす虫たちにとってなんとありがたい花なのでしょう。

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     大雪になることも。それでも、花を咲かせ続けています。

 受粉のあと、ヤツデの実は、冬から春にかけて育っていきます。最初は緑色の小さな実ですが、黒く熟すのは5月の頃。ずいぶん時間がかかるようですが、種子の散布には、鳥たちに食べてもらう必要があります。初夏は、小鳥たちの子育ての季節、ヤツデの実はそれを待っていたのでした。ヒヨドリムクドリメジロなどがしきりにやってきてその実をついばんでいきます。
 ヤツデは受粉して実を結ぶためにも、その実を広く散布するためにも、季節をまたぎ、時の差を絶妙に利用するという知恵を働かせているのでした。

 「花八つ手」は、初冬の季語。ヤツデは身近で親しみやすい花なのか、たくさんの句が詠まれていますが、ヤツデのたたずまいを感じさせてくれる一句。

    みづからの光りをたのみ八つ手咲く    飯田龍太

 緑の葉につつまれた、白いボールのような花は、自らの光でほの明るくあたりを照らしています。冬の日のさびしい庭先や雑木林であっても、ヤツデの咲く、そこだけは、確かないのちの営みが感じられる場所になっています。(千)

◆昨年12月「季節のたより」紹介の草花