初冬を飾る庭の花 もとは海岸の岩場に咲く野草
晩秋から初冬にかけて庭園や庭の石垣の間に鮮やかな黄色い花が咲き出します。ツワブキの花です。ツワブキの花が咲き出すと、急に周りが明るく華やかになったような感じがしてきます。花のまわりを暖かな空気が取り囲んでいるような、そんな気もして、これから冬の寒さがやってくることもちょっと忘れてしまいそうです。
初冬に明るい雰囲気を漂わす ツワブキの花
ツワブキはとても丈夫で栽培しやすい植物です。虫にも病気にも強く、肥料も手入れもほとんど必要としません。それに日陰に置いてもつややかな葉が美しく、寒い季節に明るい花を咲かせるので、昔から民家の庭先や庭園の石組みの間などに植えられていました。
私はツワブキをずっと庭園の園芸植物と思い込んでいました。以前に鹿児島と屋久島を訪れたときのこと。道の両側や海岸沿いにフキ(蕗)の葉に似ている野草がいたるところに生えていたので、気になって地元の人に尋ねたところツワブキだというのです。初夏の頃で、花は咲いていませんでしたが、そのとき初めて、ツワブキは日本の南の照葉樹林帯に普通に見られる野草だと知って驚いたのです。
ガジュマルの下のツワブキ(屋久島で) フキの葉に似ていました(5月)
ツワブキは、キク科ツワブキ属の植物の多年草。日本に自生するツワブキの北限は太平洋側では福島県以南、日本海側では石川県以南とされているようです。でも、宮城県でも庭園や民家の庭に普通に見られますし、秋田や青森でも栽培されて育っています。もともとは暖かい気候で育つ野草だったのに、地球の温暖化によって、今は寒冷地にまで進出しているということなのでしょう。
ツワブキは、漢字で「石蕗」と書きます。フキの葉に似て、主に海岸の崖や浜辺の岩の上、海辺の林などの石の間に生えることからツワブキ(石蕗)になったということですが、他にも、フキの葉よりもツヤツヤの光沢があるので、ツヤハブキ(艶葉蕗)と呼ばれ、それが転訛してツワブキになったという説など、諸説あるようです。
ツワブキがフキの葉に似ていても、東北地方では山菜として食べる習慣はありませんが、西日本の一部地域ではフキと同じように葉柄を食用としており、九州の名産の佃煮「キャラブキ」にこのツワブキが使われています。キャラブキは、今では扱いやすいフキが全国的に使われていますが、キャラブキのルーツは野生のツワブキでした。
キャラブキの材料となるのは、葉の柄の部分。採取時期は3月から5月頃
ツワブキの花は全体が1つの花のように見えますが、これは小さな花が円盤状に密集している集合花なのです。一つひとつは小さいけれど独立した立派な花で、その花の集まりを頭状花(とうじょうか)といいます。
ツワブキの頭状花を見てみましょう。ツワブキ花の外側についている花びらのように見えるものは、一枚の花びらを持つ舌状花(ぜつじょうか)という小さな花です。その舌状花に取り囲まれて中心部に密集しているのが、筒の形をした筒状花(つつじょうか)とよばれる小さな花です。
ツワブキの花は舌状花と筒状花という二つのタイプの小さな花の集合体なのです。
花の外側をとりまく舌状花
花の中心にある筒状花
頭状花はキク科植物独特のものです。ツワブキと同じ花のしくみになっているのがヒマワリの花。外側を舌状花がとりまき中心部に筒状花が集まっています。タンポポの花は一枚の花びらを持つ舌状花だけの集まりで、逆にアザミの花は舌状花は全くなくすべてが筒状花だけでできています。同じキク科の花でもそれぞれが花の形を変えて個性的な装いを見せています。
ヒマワリの花 タンポポの花 アザミの花
舌状花と筒状花の集まり 舌状花だけの集まり 筒状花だけの集まり
キク科の植物の頭状花は、美しく魅力的です。虫たちを呼びよせるには十二分の効果を発揮します。頭状花の小さな花の雄しべと雌しべは成熟の時期をずらして自家受粉を避け、確実に他家受粉が行えるしくみになっています。できた種子は綿毛をつけて風の力をかりて遠くまで飛んでいきます。ツワブキの種子もタンポポの種子と同じように風に吹かれて遠くまで飛んで仲間を増やしていきます。
キク科の植物は、他の科の植物と比べて、最も多くの種類を分化させてきました。多くは多年草ですが、一年草から低木、高木までおよそ1000属、2万種ほどもあり、その分布も南極大陸を除く全世界に及び、海浜から高山まであらゆる環境に自生しています。キク科の植物は、進化の過程で、確実な受粉と分布のしくみを身につけることで、その勢力を広げてきたといえるでしょう。ツワブキは、そのキク科の花の成り立ちを観察するのに、最も適した植物の1つになっています。
キク科の花の成り立ちを知らせてくれる ツワブキの花
「石蕗の花(つわのはな)」は、初冬の「季語」で、多くの俳人たちの句にも詠まれてきました。その多くは庭や庭園に植えられているツワブキを詠んだものですが、野生のツワブキを詠んでいるのは、自由律俳句の俳人、種田山頭火でした。
昭和5年の初冬、全国を旅し漂泊を続けた山頭火が、宮崎の日南海岸線を歩いた時に詠んだ句があります。
あらなみの石蕗(つわ)の花ざかり 種田山頭火
日南の海に打ち寄せる荒々しい波、吹き付ける潮風の中、それでも青々とした葉の中に明るく黄色い花を咲かせるツワブキの群落に、山頭火は強く心ひかれたのでしょう。
山頭火は自然のままに咲く野の花を愛する俳人でした。
私は木花よりも草花を愛する。春の花より秋の花が好きだ。西洋種はあまり好かない。野草を愛する。
家のまわりや山野渓谷を歩き廻って、見つかりしだい手あたり放題に雑草を摘んで来て、机上の壺に投げ入れて、それをしみじみ観賞するのである。
このごろの季節では、蓼、りんどう、コスモス、芒、石蕗、等々何でもよい、何でもよさを持っている。
草は壺に投げ入れたままで、そのままで何ともいえないポーズを表現する。なまじ手を入れると、入れれば入れるほど悪くなる。
抛入花(なげいればな)はほんとうの抛げ入れでなければならない。そこに流派の見方や個人の一手が加えられると、それは抛入でなくて抛挿(なげさし)だ。
摘んで帰ってその草を壺に抛げ入れる。それだけでも草のいのちは歪められる。私はしばしばやはり「野におけ」の嘆息を洩らすのである。
(「山頭火随筆集」(白い花)・講談社学術文庫)
山野に自生するツワブキ
ツワブキの自生地は、もともと海岸の岸壁のような環境でした。ツワブキの栽培しやすい丈夫さは、容赦のない太陽光線、強風、塩分の飛沫などの過酷な環境の中で培われた性質なのかもしれません。日陰でもつややかな葉をたもち、寒さの中でも明るい花を咲かせ、日本庭園の植物の中では主役もわき役も自在に演じることのできるツワブキの花ですが、その存在感を見せるのは、やはり野生の地に咲く姿のように思えるのです。
おもに民家の庭先や庭園に咲くツワブキの花にしか出会ったことのない私は、潮風にさらされ、岩場にしがみつく、強靭な生命力を発揮している野生のツワブキに一度出会いたい。ずっと思い焦がれています。(千)
◆昨年11月「季節のたより」紹介の草花