mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより28 ヒメシャガ

ガクも雌しべも花びらにして、雄しべを隠す花の知恵 

 5月後半に入って、若葉の緑がしだいに濃くなってきました。尾根筋に続く遊歩道を歩くと、木立の中を抜ける風が爽やかです。その風に運ばれてどこからか樹の花の香りがしてきます。足元には、四方に広がる細長い葉を伸ばして、薄紫色のほっそりとした花が咲き出しました。ヒメシャガの花です。
 ヒメシャガはアヤメ科の花で、カキツバタ、アヤメなどと同じ仲間です。仙台地方では、この花の咲く頃にカッコウが鳴き出すので、「カッコウバナ」ともよばれています。

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       山里の道の端に咲くヒメシャガの花

 ヒメシャガは、北海道南西部から本州、四国、九州北部までの、山地や湿り気のある林の中、岩の斜面などに群生します。県内では、里山の林縁や山道の端に咲いていて普通に見られる花です。点在する岩の上などに、好んで乗りたがるところもあって、根が岩の上に露出し、その先のわずかの根が岩の隙間に入り込んでいるのを見ることもあります。

 ヒメシャガの「ヒメ」には、「小さくて愛らしい」(広辞苑)という意味があって、シャガの花に似ていて、それより小さいのでこの名があります。
 シャガは漢字で「射干、著莪」と書きます。アヤメ科のヒオウギの根茎から得られる生薬を「射干(やかん)」といい、「射干」はヒオウギを指していました。
 ところが、シャガが、ヒオウギの扇形の葉のつきかたとよく似ていて、いつの間にか、シャガに「射干」の字をあて音読みし「シャガ」とよぶようになってしまったようです。「著莪」はシャガの発音をそのままあてたものと思われます。

 ヒメシャガやシャガのようなアヤメ科の花は、6枚の花びら(花被片)があって華やかに見えます。でも、内側の花びら(内花被片)3枚が本来の花びらで、外側の花びら(外花被片)3枚はガク片にあたるものです。ガク片を花びらのように変えることで、花全体を華やかに見せて虫たちをよんでいるのです。

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      ヒメシャガの花        シャガの花          アヤメの花

 外側の花びらは横向きに垂れ下がっています。これは、やってきた虫たちが止まる足場として最適です。内側の花びらが上を向いているのは、水平方向から飛んでくる虫に、花を目立たせ大きく見せる効果があります。特にアヤメの花はその姿がはっきりと分かります。どの花も、外側の花びらには青紫や橙、白色の模様や斑点がついています。これは、虫たちに蜜のありかを知らせる大切な道しるべになっています。

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   ヒメシャガの花。外側の花びらに青紫と黄色の模様がみられます。

 ある日のこと、教室にヒメシャガの花を持ってきた子がいました。その子に「雄しべと雌しべはどこにあるの?」と訪ねられ、困りました。花をよく見ても、雄しべも雌しべも見当たりません。花びらを1枚1枚めくってみたら、雄しべが花の中にかくれていました。でも、雌しべが見当たりません。あわてて、植物図鑑で調べたら、実は、中央にそそり立って、先端がひげ状になっているものが、雌しべだったのです。

 普通,雌しべの先には少しふくらんでべとべとした柱頭がついているのに、ヒメシャガにはそれがありません。子房から細い花柱が伸びて、その先が3つに分かれています。その先がさらに細かく避けて花びらのようになっています。柱頭はその細かに裂けた花びらの付け根にありました。ヒメシャガは、ガク片だけでなく雌しべも花びらのように姿を変えて、花をいっそう鮮やかに見せていたのでした。

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先端が裂けて花びらのようなものが、ヒメシャガの雌しべです。

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花びらをとると、雌しべの下の花柱の陰に隠れた雄しべが見えます。

 雄しべは3つに分かれた花柱の陰にそれぞれ一本ずつ隠れるようについています。蜜を求めてやって来たハチが花の中にもぐりこむと、花びらと花柱に挟まれ毛深い背中に効率的に花粉がなすりつけられるしくみになっています。
 それに、梅雨の時期に花を咲かせるアヤメ科の花にとって、雨は大敵です。雄しべが花柱の陰にあると、ちょうど屋根をかけられたようになります。これは、花粉が雨で流されないための知恵と考えられないでしょうか。改めて自然のしくみの周到さに驚かされます。

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   ヒメシャガの群落。花は、朝に開花し夕方にしぼむ一日花です。

 福島県郡山市を訪れたとき、このヒメシャガの花が、「あさか山」で芭蕉が尋ね歩いた「花かつみ」の花ということにして、市の花として制定し、大切に守られていることを知りました。

 「はなかつみ」とは万葉集古今和歌集などに登場する大変優美な花です。古くから和歌などに多く詠まれた花でした。奥の細道の旅に立つ前、芭蕉が門人に送った手紙には、「塩竈の桜、松島の朧月、あさかのぬまのかつみ」の名を挙げてみちのくへの思いが綴られています。芭蕉の花かつみへの深い思いと憧れが感じられます。

・・・・・・此のあたり沼多し、かつみ刈比もやゝ近うなれば、いづれの草を花かつみとは云うぞと、人々に尋侍れども、更知る人なし。沼を尋ね、人にとひ、「かつみかつみ」と尋ねありきて、日は山の端にかゝりぬ。
              芭蕉 おくのほそ道・あさか山 岩波文庫

 芭蕉が尋ねど探せど、花かつみを知る人もいなくて、発見もできなかったようです。和歌の世界であまりにも有名な花かつみですが、その花がどんな花なのか、本当は誰も知らなかったのでした。この花については、「マコモ」「ハナショウブ」「デンジソウ」、そして「ヒメシャガ」などの説があげられ、今も謎に包まれたままです。花かつみは、いにしえの詩歌の世界で花ひらく幻の花なのかもしれません。

 ところで、植物の葉には表と裏がありますが、ネギの葉は表か裏のどちらでしょうか。植物の葉の表裏は学問的には決められていて、茎の方を向いている側、つまり、新芽の葉が開くときの内側の部分で、葉が開き切ると上を向いている方を表といい、その反対側を裏というのだそうです。
 ネギの葉を調べてみると、見えている部分は全て裏側でした。ヒメシャガ、シャガなどのアヤメ科の葉も、ネギの葉をちょうど平たく押しつぶしたような感じで、見えている部分は全て裏側でした。全く表がないわけではなく、葉の元の方に、折りたたまれるようにして茎を抱いている内側の、表になる部分が少し見えます。この様に一面だけしか見えない葉を植物学では「単面葉」といっています。単面葉であることが、植物にとってどんな意味があるのかはまだ不明で、とても興味がわいてきます。

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   筒状のネギの葉は全て裏の葉      平たいヒメシャガの葉も全て裏の葉

 可憐に野に咲くヒメシャガの花ですが、雌しべや雄しべ、そして細長い葉の姿も、独特の形をしながらその役目をはたしていて、常識的な眼でものを見てはいけないことを気づかせてくれる貴重な植物でもあるようです。(千)