フキノトウは 春を告げるフキの花
早春、まだ雪の残る野原で、雪を押しのけちょこんと頭を出しているフキノトウを見つけると何だか嬉しくなってきます。
フキノトウはキク科のフキの花。小さな愛らしい花を咲かせますが、美味しく味わえるのは花が開く前。味噌汁に刻んでいれたり、フキ味噌にしたり、天ぷらにしたり、いろんな食べ方のできる春の山菜です。食べるとちょっとほろ苦い旬の味。子どもの頃はとても苦手だったのに、いつのまにか、この苦さが好きになっていました。
雪をおしのけ、頭をのぞかせるフキノトウ
春の山菜が苦いのは、芽吹いたばかりの芽が虫に食べられないように身を守るため。苦味は人にとっても弱い毒成分なのですが、人が食べるとその毒を体外に出そうと体内の老廃物も一緒に排出するということ。冬に低下した体の新陳代謝を活発にする効果があるようです。
葉に包まれていた花 咲き出した小さな花
フキノトウの開いた花を近くで見ると、やや白い花と黄色がかった花があることに気づかれるかもしれません。フキノトウは雌雄異株で、雌花と雄花の2種類の花があります。白っぽい花が雌花、黄色がかった花が雄花です。花はそれぞれの雌株と雄株の地下茎についていて、その地下茎を掘ってみると、地中を這うように広がっていて、フキノトウの何倍も長いのにびっくりするでしょう。
フキノトウの雌花(拡大)。白い糸のよう
なのは、雌しべの花柱です。
フキノトウの雄花(拡大)。開いた小さな
花の先に雄しべがあります。
フキノトウの花が咲き終わると、雄花は枯れて、雌花は茎を伸ばします。フキはキク科なのでタンポポと同じような綿毛の種子ができます。その綿毛を風に乗せできるだけ遠くへ飛ばそうとしているのです。長いものは1m近くも茎を伸ばします。他の種子の多くは発芽前に休眠しますが、フキの種子は眠りません。飛び散るときにもう根の先が出ていて、水をかけると1時間ほどでその芽が伸びてきます。綿毛が地面に着くと直ちに発芽が始まるのでしょう。驚きの生命力です。
受粉後は雌株の茎がのびだします(4月)
雌花の綿毛の種子とフキの葉(5月)
美味しいフキ料理に使われるのはフキの葉柄です。張りがありみずみずしいフキは水分をたっぷり吸い込んで育ったもの。フキは山の沢や土手など水辺の近くを好みますが、フキの葉の形もうまくできています。葉は円いお皿の一部が切り込んだ形。雨が降ると、雨水が円い葉の表面にそって流れて、切れ込みに集まり、そこから葉柄を伝って根元に落ちるようになっています。どんな土地でも自力で雨水を集めてみずみずしいその姿を保っているようです。
上から見た綿毛の種子 雨を集めるフキの葉の形
フキの葉は食用にはしませんが、田舎の野山を駆け回って過ごした子どもの頃、のどが渇くとフキの葉を丸めてひしゃくがわり、雨のときには頭に葺いて、ウンコが出たらお尻を拭いてと、とにかく役に立つ葉っぱでした。
昔は紙がとても貴重品。街道を長旅する旅人たちは、草の葉や茎、縄のようなものでお尻を拭いていたらしく、柔らかいフキの葉は大いに役立ったことでしょう。それで、「フキ」は「拭き」が語源という説もあるのです。
春に芽吹いたフキノトウ、地下には多くの地下茎を張り巡らされています。
東北の方言で、フキをバッケとよぶのはアイヌ語が由来ともいわれています。アイヌの伝説に、コロボックルという小人の神様がいたという話があります。コロボックルとはアイヌ語で「フキの葉の下の住人」という意味です。そのコロボックルをよみがえらせたのが、児童文学作家の佐藤さとるさんです。
コロボックル物語「だれも知らない小さな国」(講談社・初版1959年)から始まるシリーズは、モノや欲だけで動く人間には見えない小人コロボックルと、小人たちに信頼された人間「セイタカさん」との交流を描くファンタジー。子どもの頃に夢中になって読んだ大人もいるでしょう。今も子どもたちを夢中にさせる作品です。
シリーズ6冊のあと、佐藤さとるさんはこの物語を、子どもの頃に読んで育ったという作家の有川浩さんの手に託しました。そして新しい物語が生まれました。花の開花にあわせて全国を渡り歩く養蜂家の両親をもつ小学生が、北海道でコロボックルと出会う物語。(有川浩作・「だれもが知ってる小さな国」(講談社 2015年)。挿絵は画家の村上勉さんが引き続き描いています。
小人が姿を見せるのは信頼できる優しい人だけ、人が生きるために大切なものを、子どもたちと考えたいという佐藤さとるさんの思いも受け継がれています。
コロボックルを消したくはなかったという有川さん。これから続く物語を通して、コロボックル伝説は子どもたちの世界に残り続けていくことでしょう。
春の野花のなかのフキノトウ(雌花の茎が伸び出した頃)
フキとその花であるフキノトウは、旬の食べ物になり、くらしの用品の代りになり、そして素敵な物語を生み出す源泉ともなって、人の暮らしにうるおいをもたらすとても不思議な植物に思えてくるのです。(千)