mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

季節のたより シロツメクサ(その1)

先祖は海を渡って日本へ

 シロツメクサの花が、野原一面に咲き出しました。
 この季節になると、1、2年生の子どもたちと、学校の近くの土手や空き地に出かけて、花畑にねころんだ感覚を思い出します。

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  あおむけになって目をとじると日の光をまぶたに明るく、花の匂いが感じられます。かすかにミツバチやハナバチの羽音も聞こえてきて、感覚が研ぎ澄まされていくのがわかります。花の匂い、土の匂い、枯れ草の匂いの中で大地につつまれているこの開放感を、子どもたちにもたっぷりと味わってほしいと思いました。

 少し遅れて 同じ仲間のアカツメクサも咲き出します。シロツメクサアカツメクサを組み合わせて花飾りや花冠を作ったり、草花遊びをして楽しめます。これらの体験は、大人になってからも花の匂いや大地のぬくもりの記憶と共によみがえり、どこか幸せな気持ちになれるのではないでしょうか。

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 現代美術社の生活科の教科書「ほんとうはどうなの」には、シロツメクサの名の由来について、次のようなお話で紹介しているので 授業でとりあげたことがあります。

 たろうは教科書の登場人物で、教室の子どもたちといっしょに考える仲間の一人です。そのたろうのところへ、ヨーロッパで 新聞記者をしているおじさんから手紙が届きました。

「たろうくん、 げんきですか。
いま おじさんは、あるく ことの できない 草や 木が どう やって うみを こえたのか しらべています。

たろうは シロツメクサを しっていますか。
こちらでは クローバと いって、 どこでも 見られます。
ヨーロッパでは、ウシや ヤギの ちちから バターや チーズを つくる ことが さかんですが、 ウシや ヤギの たべものが クローバだからです。

その クローバが うみを こえたのは、 百五十年も まえの ことです。
その ころ、ヨーロッパから 日本へ ガラスの うつわが おくられて いました。
ガラスきの はこには、こわれないように ほした クローバを 「つめ草」として つめました。
その つめ草の 中で、たねが 生きて いたのです。
それが シロツメクサと よばれて、 日本中に ひろがって いったのです。

たろうも シロツメクサを みつけて、うみを わたった クローバの せんぞを おもって ください。」

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  シロツメクサがウシやヤギを育て、バターやチーズにつながっているということは、子どもたちにとって新鮮な発見でした。又、動物は自由に動き、草花はその場から動かないものと信じていましたから、その動かない草花のシロツメクサの先祖が海を渡って日本にやってきたというお話は、子どもたちの発想の転換を迫るもので、それがおもしろかったようです。このお話をきっかけに、子どもたちは、ツクシ、スミレ、タンポポはどうなのと考え始め、草花の生き方や人の暮らしとのつながりについての興味が広がっていきました。

 「どうしてそうなの」(1年生)「ほんとうはどうなの」(2年生)という生活科の教科書は、知識を与えるのではなく、人と自然をみつめて考える絵本のように編集されています。子どもの教科書なのに、誰が読んでも、年代に応じて、何かを考え、発見、感じさせてくれる不思議な本です。

 東京大学出版会が、パンフレット誌の月刊「UP」の編集で、「東大教師が新入生にすすめる本」のアンケートをとったとき、法学部の先生が「まさに物の見方、考え方を示す本」の一冊として学生に紹介されました。

 残念ながら、この個性的な教科書は、他の教科書会社の教科書と全く異質であるがゆえに、全国の小学校での採用は少なく、短命で姿を消さざるをえませんでした。異質であることが、教育にどれだけ大事なことであるを理解されることなく、この教科書は幻の教科書になってしまうのでしょうか。

 私は、この教科書を手元において時々開きます。そのたびに主人公の「たろう」や「はなこ」と一緒になって、自然を探検しながら、いつの間にか自然と人間についての深い思索へと導かれていくような気持ちになるのです。(千)