mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

あなたは誰? 名前を見てちょうだい!

 今度の『夏休みこくご講座』は「スイミー」と、もう一つ、あまんきみこさんの「名前を見てちょうだい」を扱う。授業づくりの話は当日の「こくご講座」にお任せするとして、「名前」と聞いて思い出したことがある。 

 『小森陽一、ニホン語に出会う』の中に、名前をめぐる授業のやり取りが出てくる。授業は1990年に、小森さんが小学4年生の子たちに向けて行ったもの。すでに四半世紀も前のことになるが、今読んでも刺激的だ。
 授業の導入で、子どもたち一人ひとりが、小森さんに自己紹介をする。

「僕の名前はウダガワユウジですマル。」
「私の名前はイシヅカユキですマル。」
「僕はシバタトモクニという名前ですオシマイ。」
「私はカキヌママユです、サッカーやドッジ・ボールが大好きで、
 すごいおてんばです・・・・」

というような具合に。ところが突然、小森さんは子どもたちにむかって「僕がはじめて来たと思ってみんな嘘ついてるでしょう」と切り出す。さらに怪訝そうにキョトンとする子どもたちにむかって、今度は「本当に君はウダガワくん?」と言い出す始末。だけど、この年齢の子たちは、まだまだ気持ちがまっすぐ。本当にウダガワ君?と問われた子は、「そうですよ。」「ウソー!」「そうだもん!」「どうして君、ウダガワ君なの?」と小森さんと正面からの押し問答。このあたり実際の教室の様子は、相当緊迫したやばい感じになったようだ。小森さんは、その時の様子について

 なおも執念深く当のU君に、彼が書きつけた自分の姓名が「ウソ」ではないことを証明せよ、とせまると、彼の顔は次第にこわばっていった。とてもたくましそうな男の子だという印象があったものだから、私の方も腕組をしたまま反応を待った。緊張した空気が教室にはりつめた。咄嗟に2、3人の生徒が「身分証明書見せてやれよ!」と叫んだ。U君は机をけとばすように立ちあがり、教室の後の方に、文字どおり脱兎のごとく、ものすごい勢いで飛んでいこうとした。この反応に、私自身驚いてしまった。授業の導入部として予定していた、固有名詞について考えるこの操作が、これほどまでに小学4年生を追いつめてしまうものだということは予想していなかった。 

と記している。U君ことウダガワ君に限らず、子どもたちは思いもしていなかった状況に立たされ大変だったろう。しかし授業のやり取りが示すように、実は「私は〇〇です。」と名前とその人が一致していることを証明するのはそう簡単ではないのだ。 

 あまんきみこさんの「名前を見てちょうだい」は、お母さんに名前を刺繍してもらった帽子を、主人公の女の子が風で飛ばされてしまうことから展開していく。落とし物や忘れ物があった時、まずは名前が書いてあるかどうか調べ、名前が書かれていれば、その名前を手がかりに落とし主を探して返すわけだけど・・・。生まれてこの方ウン十年と私に張り付いて、落としたことが決してない名前という所持品は、そうであるにもかかわらず、その名前はあんたのものか?と面と向かって聞かれると証明するのが難しい。

 あまんきみこさんの「名前を見てちょうだい」は、こういう展開にはならないけれど、名前というのは考え始めると相当奥深いもののようだ。 

 ところで、小森さんの授業がこの後どう展開したかは、ぜひぜひ『小森陽一、ニホン語に出会う』をお読みください。名前という固有名詞の奥深さについて授業記録とは別に詳しく話もされています。また小森陽一という日本を代表する夏目漱石研究者が、どのような数奇な人生遍歴を経て今に至ったのか。たいへんおもしろく、ニホン語に関して考えさせられる内容満載です。ここまでお読みいただき、本を買おうかなと思われた方には吉報です。この7月に文庫化され、タイトルも『コモリくん、ニホン語に出会う』と若干リニューアルして、お安くお買い求めいただけるようにもなりました。今がお買い得ですよ。(キヨ)

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