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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

連続テレビ小説『ひよっこ』と、あいさつと

 4月からNHK朝の連続テレビ小説「ひよっこ」が始まった。物語は、茨城県の北西部にある山あいの村・奥茨城村で農業を営む一家を中心に、1964(昭和39)年の東京オリンピックが目前に迫った秋からはじまる。主人公の谷田部みね子(17)は、天真爛漫な高校生。不作の年に作った借金を返すため、父は東京に出稼ぎに行っている。みね子は父親が大好きなのだが、父は行方不明に。母は、みね子に心配させまいと、黙って東京へ夫を探しに行くが見つからず。今後どのような展開になってくのだろう・・・。

 さて、仕事で毎日ちゃんと見られるわけではないけど、たびたびドラマの中で交わされる「行ってきます」「行ってらっしゃい」、「ただいま」「お帰りなさい」というあいさつが、なぜか気にかかる。どうしてだろう?と思っていて気がついた。毎日の何げないあいさつが、実はこのドラマの隠し味なのではないかと。

 ドラマで描かれるのは、農村部から多くの男たちが出稼ぎ労働者として、あるいは中卒・高卒の若者たちが仕事を求め金の卵として故郷を後に都会へと出て行った時代だ。帰るべき故郷(ふるさと)を後に、必死に高度経済成長という特異な時代のなかを人々が生きた。「行ってきます」「行ってらっしゃい」、「ただいま」「お帰りなさい」というあいさつは、単に毎日交わされるあいさつという意味だけでない、このドラマが描く時代の有様や思いをさえ象徴し映し出しているのだ。

 あいさつが、ある時を象徴するという点では、震災のときもすごかった。知っている人に限らず、見ず知らずの通りすがりの人や買い出しで並んだ行列の人などとも「おはようございます」「こんにちは」「お宅は大丈夫でしたか」「お気を付けて」「今日は寒いですね」など、様々なあいさつが自然に交わされた。私も地下鉄が自宅の最寄り駅まで来ないため、しばらく2駅先まで歩いたが、その間に行き交う人とあいさつを交わして歩いたのを思い出す。そのうち顔見知りになって、お互い会わなかったりすると気になったりするようにもなった。

 あれから6年、日常生活の中からは震災の痕はほとんど感じられなくなった。それとともに、あいさつも消えた。あいさつが、単に日々の習慣やきまり、礼儀としてだけでなく時代の有り様や人々の思いをも映し出すのだとしたら、今の時代はどのような時代なのだろうか。そんなことをふと思った。(キヨ)