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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

始業式に願う

2週間ぶりに家の前をランドセルを背にした子どもたちが歩いて行く。今日、仙台は小中学校の始業式である。
  3月のある日、センターに教え子であるKさんが来室。この4月から仙台市の小学校の教師になることが決定したとの報告だった。彼は学生時代からセンター主催の学習会にも参加したことがある。
 Kさんは今日、どのような気持ちで子どもたちの前に立ったのだろう。担任発表は子どもたちの視線が集中する瞬間でもある。
 この時期になると思い出すことがいくつかある。その一つに、40数年も前、新採で県南の僻地の小さな学校に赴任した2日目の事件がある。青空が広がり、南蔵王の不忘山が手に届くかのように教室の窓から見える。3時間目の社会科の授業で「学校の周りを探検に行こう。歩きながら町のことを教えてね」というと歓声が沸き上がる。「こっちに行くと役場だよ」「この信号機、去年初めて町にできた信号だよ」「あそこがオレの家」「ふきのとうだ。先生、これ食うとうまいよ」「んだ、んだ、天ぷらがうめえ」などなど、次々と話しかけてくる。30分も町中を歩き教室に戻ろうかという時に、その事件が起きた。小走りに先頭を歩いていたS君が坂道の土手を駆け上がりこっちを振り向きざまに滑り落ちたのだ。側溝のブロックに頭をぶつけたのか、額から血が流れている。意識はあるが、自分の方がおろおろしている。おんぶして学校にもどっていくと、教頭と養護教諭が走り寄ってきた。現場で傷口を確かめたり、おろおろしている間に、N君が真っ先に知らせに走ってくれていたのだった。町のたった一つの小さな診療所(医院)で2針縫って収まった。収まったというのは、何も問題にならなかったということだ。今では信じられないことだろう。教育計画にあるのか。事前に校外にでる許可はとったのか。指導案はどうなっているかなどなど、やかましいくらいに責められるに違いない。
 Kさんも、これからいろんな場面に出会うに違いない。一人で抱え込まず、近くの同僚に相談することも大切だ。学びながら成長する教師になって欲しい。<仁>