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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

11月5日 子どもとどんな作品で向きあうか

 「ぼくには、鼓の音が聞こえない!」

 と言ったSさんの言葉と、その場の様子は何年経っても忘れない。

 たくさんのことを教えていただいたKさんの卒業授業検討会は学校からそれほど離れていない小さい温泉宿でもたれた。

 Kさんが授業で中学1年生に取りあげた作品は山本周五郎の「鼓くらべ」。

 Sさんの言葉は、「『鼓くらべ』は教材としてどうだったか」の話し合いの中で言われたもの。私なりに説明すれば、(この作品がよい作品であれば読む者に鼓の音が聞こえてこなければならないだろうに私には聞こえてこない。Kさん、あなたには聞こえたのだろうか。あなたはなぜこの作品を卒業授業の作品としてとりあげたのか。)ということになるのだろうか。

 私は、それまでSさんの話や文章に絶えず刺激を受けていたのだが、先の一言はこれまでになく衝撃だった。Kさんが言われているにもかかわらず自分に向けられた言葉のように思い、Sさんは用事があると間もなく中座したのだが、その後も話し合いはつづいたのだが言葉を発することができなかった。

 私は話し合いの中に座っていたのだが、なぜか、「読む」ということについてひとり考えつづけ、Sさんの「鼓の音が聞こえない」だけが響きつづけていたのだった。

 最近になって、辻井喬の読書日記の中に、「・・・登場人物が皆なんとなく顔付きと表情と肌の匂いをもっている。皆が肉体をひっさげて蠢いている有様は彼女の(著者の)文学的達成を示していると思われた。」という一文があり、Sさんの「鼓の音」と同じ意になると思った。

 Sさんは数十年間、私たちに教科書外の読みの授業のための具体的な作品を提案しつづけた。その根に「鼓の音が聞こえない」があるように思ったし、Sさんが提案した作品が多くの教室の授業でいつまでも生かされてほしいと子どもたちのために願いつづけている。

 SさんもKさんも今は遠い地に行ってしまい会うことはできない。( 春)