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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

8月25日

 河北新報22日1面、「南米初の祭典 きょう閉幕」の横見だしの下半分は、「むのたけじさん死去」との縦見出しに「101歳 反戦ジャーナリスト」のサブタイトルがついていた。しかも、下段のコラム「河北春秋」もまたむのさんをとりあげ、「はじめにおわりがある。抵抗するなら最初に抵抗せよ。歓喜するなら最後に歓喜せよ。途中で泣くな。途中で笑うな」の、むのさんの言葉で始まっていた。 
 101歳の長寿とは言え、むのさんにはもっともっと生きていてほしかった。「反戦ジャーナリスト」と副題を付け、1面下半分を使い報じた河北新報の扱いに、ジャーナリストの心を感じ、うれしく思った。
 私がむのさんの講演を初めて聞いたのは約50年前である。教員組合支部主催、管理職も組合員だった頃で、会場はあふれるほどの集まりだった。その中にむのさんの声は初めから終わりまで変わることなく響きわたった。
 小気味がいいので、身を乗り出し、むのさんから目をそらさないで聞きつづけた。しかし、途中から、むのさんに打たれているのは自分だということに気づき、しだいに頭は下がるようになり、むのさんの顔を直視することなく講演は終わった。
 むのさんの話は数回聞いているが、毎回、途中から顔を上げることができなくなった。
 同僚のTさんが熱狂的なむのファンで、「たいまつ」もしばらく読んだ。
 仙台の二番町市民センターで、むのさんと岡村昭彦さん(写真家・「ベトナム戦争従軍記」著者)の二人での講演会もそのときの様子が鮮明に残っている。
 むのさんに「日本の教師にうったえる」という著書があり、このなかに、岡村さんと歩いたときのことも書いてある。

彼の生活と思考についての述懐を聞いて私は感銘を受けたが、この米紙「ライフ」にからまる回想をきいた途端、〈教育〉という二字が稲妻のように私の胸中をよぎった。・・・・事実にむかって自分の足で近づいていくことによって真実を追求した岡村さんのその姿勢は、いうまでもなく、管制灯の下で「ホントのものは一体なんなのか」ともだえたときに発芽したものにほかなるまい。その種子が一人の教師によって蒔かれた事実ーーそのことに私は考えこまされるものである。

と。(*「ライフ」の回想の事実を略したので理解できないかもしれないが)
 むのさんは常に学びつづけた人であり、「教育」〈教師〉に強い関心をもちつづけた人であった。私が話を聞くたびにうなだれてしまうのも、期待に応えることができなかった証拠であると言えよう。 
 上記の書名も、「あとがき」によると、むのさんが考えたのは、「教育に恋する」「たたかう教育」だったという。
 このような方が亡くなったことを、とうとうまともに顔をみつづけることはできなかったが、元教師の私は教育のためにも残念でならない。( 春 )