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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

8月1日

 「図書」8月号の「数学を学び直す人びと」をたいへんおもしろく読み、自分の過去をもいろいろ思い出させてもらった。

 筆者の中村滋さんは、理系の大学で長年数学を担当し、定年後、私立総合大学の非常勤講師になった。そこでは、これまで当たり前だった数学用語を使うと「それなんですか?」と質問されたりし、カルチャア・ショックを受けることになったという。その直後、カルチャー・センターの講座ももつことになった。

 そこで、「今回の講座の受講生は、それ(*前記私立大学でのこと)よりもずっと幅広くバラエテイ―に富んでいます」と話したところ、早速一人の受講生から「文系の学生に輪をかけて、レベルも年齢も違う生徒たちを教える難しさ、心からお察し申し上げます・・・が、私たちがそのことによって、先生を教育者としてより完璧に育てているのだという自信を持って、次回も楽しみに参ります」という感想が寄せられた、という。

 ここまでは序章。前記の感想から推測するだけでも、カルチャー・センターでの話もたいへんおもしろいだろうと推測されると思うが、中村さんの紹介はこれで終わりにする。そうしないと丸写しということになってしまうから。

 私は、読みながら、35年間の小中学校の教師生活がつい昨日のように思い出し、退職するまで入れ替わりで私を「教育者としてよりカンペキ(?)に育ててくれた」たくさんの子どもたちが一度に私の前に走りよってきたのだ。そう、彼にはこんなことを、彼女にはあんなことを・・・と、思い出すこと思い出すこと・・・。

 もちろん、中村さんのような感想のようなものをもらったわけでもないし、面と向かって言われたわけでもない。しかし、今あらためて思い起こすと、(彼に出会っていなかったらその後の自分は・・・)と思うことは数えきれないほどある。

 「クラスの子どもたちは、AもBもCも・・みんな同じ4年生だ。何もかも同じ4年生」という目で向き合う教師の私であった。出発時だけでなく、年を重ねても「30人は30色」にはならなかった。事が起きるたびに、色の違うことにハッとし、背負っているものの違いを知らされつづけたのだった。

 中村さんのカルチャー・センターのように、10代から90代までとかいう構成で、これまでの歩みも様々であれば、その前提だけでも、相当の覚悟がいるだろうことは想像がつく。

 しかし、同年齢の場合は、背負っているものの違いのあることを知っても、つい、個々の子どもをひとくくりにして「教えなければならないもの」に夢中になってしまう。そんなとき私にブレーキをかけてくれたり、方向転換をさせてくれたりした子どもたちが、久しぶりにわんさと私の前に姿を現したのだ。本当に感謝だ。

 感謝しなければならないのは子どもだけではない。たくさんの親もだ。率直に感じたこと考えたことを書いたり話したりしてもらったことにどんなに助けてもらったことか。たとえば、Sさんには、学級だよりの毎号に詳細な感想を1年間書きつづけてもらった。その3冊のノートは今も残る宝の1つになっている。

 自分だけではどんなにがんばっても「教育者としてカンペキに育つ」わけはないと、またまた考えさせられた。( 春 )