自分が日本人でありながら、「日本人って・・?」と考えてしまうことがしばしばある。
一人ひとりがよく見えないとき、どんな理不尽なことにあっても冷静にふるまう人たちを目にするときなどに そう思うことがある。
学校の様子を耳にしても、いくら世の中が変わったからと言っても(私はそうはできないなあ、どうして・・?)と体から力が抜けてしまうようなことがある。
教師である以上、誰が何と言おうと、子どもと直接関係することを常に第一におかなければならないのは当然であろうに、(子どもが第一になっていないな)と感じるときがある。
かつて、事務職員のいない小さい学校の教頭になったHさんが、「自分にとって、町教委に提出する書類の仕事の順位は第一ではないし、小規模校といえども事務職は必要なのだから、書類はしょっちゅう締め切り期日後になる(する)」と言っていたことがあった。私は当然と思った。
これは、学校に限ったことではなく、「日本人」の根にあるものがあり、そこにすべてが起因するのではないかと思う。
戦後20年目にあたる1966年に笠信太郎は次のようなことを書いている。
~~いわゆる明治人は、帝国憲法と教育勅語で構築された鉄のフレームの中にあって、これを疑うことをしなかった時代の空気を、満身に反映していた。それが明治人のバックボーンを作ったともいえるが、そこで重要なことは、よかれあしかれ、その鉄のフレームが、がっちりとして動じないことが信じられていたということであったろう。
ところがいま、今日の青少年の依るべきものがないというので、苦心と工夫の結果、周知の通り「期待される人間像」というようなものが書きおろされ、これが青少年に与えられようとしている。その書かれている内容は、確かに立派だといってよかろう。
しかし、それはいくら立派であっても、この戦後の日本人が現実に立っている基盤であり、そのフレームである憲法は、うっかりすると改変されるかもしれないという、あやふやな状態にさらされている。~~ (「日本の百年」社会思想社)
あの戦争をくぐっても、世界に類例のない憲法で新しい国の在り方を示していながら、20年で笠信太郎は憲法は改変されるかもしれないと心配していたのだ。日本人ってそうなんですで済ますことではない。私たち一人ひとりがしっかりしなきゃ!( 春 )