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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

1月26日

 去年亡くなった女優・原節子のデビュー作のフィルムが見つかり、痛んだフィルムが一部見られるようになったと原節子の姿が短い時間テレビで紹介された。映画狂にとってはたまらない数秒だったのではないか。

 このフィルムを見ながら、高校時代に観た「生きる」をまた思い出した。1952年の作品。田舎町のたった1軒の映画館で観た。高校2年の時ということになるだろう。志村喬がブランコに乗って「ゴンドラの唄」を口ずさむ場面だけでなく、さまざまな場面が今も鮮やかに残っている。授業をサボって観たのかもしれない。「生きる」という言葉をそれまでとまったく違う視点で考えた、自分にとっての事件でもあった。高校生活で消えずに残る1番の出来事だ。

 高校生活2番目の出来事は、講堂で演劇を観たことだ。真山美保主宰・新制作座の「泥かぶら」。演劇を観たのは初めてである。それまでは、田舎の青年団の演ずるやくざ踊ぐらいだったので、高校1年の私には言葉でうまく表しえない新鮮さだった。3年生の先輩が卒業後、座に入ることにしたそうだということが耳に入り、演劇をやりたいなどと思ったわけではなかったが、うらやましい気分になったのだった。

 真山美保が、真山青果の娘だということを後で知った。

 3番目は、これも全校生が講堂で講演を聞いたことだ。講師は「岩渕辰雄」という政治評論家。高校の先輩ということだった。話の内容は少しも覚えていないが、話を聞きながら、このようなことを生業にして生きている人がいるのだということを知ったことだ。

 高校生活3年間で残っているものをこうあげてみると、教室のことは4番・5番とつづけてもなかなか登場しそうにない。それを不幸なこととも思わない。

 それでも、上にあげた3つの出来事は、私の体を強くノックしたことはまちがいない。政治評論家は後日、「保守だな!」と思うことがあったのだが、それは私には関係ないことだった。

 今の高校生もいろいろだと思うが、スマホでの出会いなどでない直接の出会いがあるといいがと、バスや地下鉄でその様子を眺めながら思っている。( 春 )