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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

1月20日

 少々以前のことになるが、4~5人の出演者が「私の好きだった人」(?)を打ち明けるテレビ番組を見た。それぞれ短く劇化したもので、それを通して知らせるのだったが、ひとりだけ「トムソーヤ」をあげており、他は実在の人だった。

 「トムソーヤ」と知らされても番組に出ていた他の人々はポカーンと(私にはそう見えた)していたのには内心驚いた。どうも「トムソーヤ」を知らないようだと思ったのだ。 

 今江祥智さんの本を読んでいたら、次のようなことが書いてあった。

~とにかくマーク・トウェインの創造した連中の何と生き生きしていたことでしょう。連中は、少年時代ここにありといった様子で胸をはってわたしの中になだれこみ、とりつき、その駆け去ったあっとにはっきりと足跡を残していってくれました。

といっても、わたしがほんとの意味ですぐれた子どもの本の群れに出会ったのは、残念ながら大人になってからでした。(略)

わたしがそんな不幸な大人になることを辛うじて救ってくれたのは、まだ若かった中学校の教員時代、子どもと一緒に争って子どもの本を読みあさったことと、わたしの灰色の脳細胞のどこかにまだ子どもが住みついていたせいか--とにかくそうした世界に出入りできる通路だけは何とか残っていた気がします。

  今江さんの文を読んで、今江さんには失礼な言い方になるが、(自分もやや似ているなあ)と思った。私は戦中の田舎暮らし。家にあった本は、祖父のそろえた講談全集と大衆小説全集だけ。総ルビなので、講談全集は2・3年生ぐらいから、繰り返し読んだ。高学年になって大衆小説へ。ムダではなかったと思うが、残念ながら、トムソーヤたちに会うことになったのは私の場合も教員になってから。それも中学校から小学校に移ってからになるから今江さんよりももっと遅い。時間をつくっては子どもたちに読み聞かせつづけた。今江さんの文を読むことで、(遅まきながら、子どもたちに読んでやることで自分が一番得をしたんだ)と思うことができた。

 そんな過去を背負っているので、山の分校育ちの私は、創立80周年時(その時は独立校になっていた)に小さな児童文学集を届けたことがあった。(その後廃校になったが)。

 フィリパ・ピアスは、「トムは真夜中の庭で」のあとがきの最後を「おばあさんは、じぶんのなかに子どもをもっていた。私たちはみんな、じぶんのなかに子どもをもっているのだ。」と締めくくっている。

 この「自分の中の子ども」が何歳になっても時々むっくりと起き出して自分に語りかけて来る。それに支えられていることが私の場合結構大きい。いや、生意気で横着になるときにも、「おい、お前、そういう人間だっけ?」と声をかけてくれるのも「自分の中の子ども」であることがしばしばある。

 こんなことを考えていての蛇足だが、気になってくるのは今の子どもたちだ。

 学校へバスで運ばれ、どこへ行っても「競争」の渦の中にまきこまれ、トムソーヤたちと出会うことも至難に見える彼らの生活と将来、彼らのつくっていく社会はどうなるのだろう。トシヨリの、余計なとりこし苦労か・・・。( 春 )