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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

12月14日

 身の回りの整理をはじめている。ほとんどは自分以外には必要のないものばかりなので、自分の手でなんとかしなければならない。今のところ進んでいる跡は見えないが。

 その片づけ中に、B6版の小さい冊子を数冊見つけた。誌名は「なぜ少年たちは事件を起こしたか ―女子高生監禁殺人事件から 」。5校PTA講演会とある。その時の講演記録と参加者の感想集だ。講師は、共同通信社の横川和夫さん。直前まで河北新報にも「少年たちの軌跡」として連載されたルポルタージュの執筆者。1991年2月2日とある。

 「子どもらの今と親・教師の在り方を考え合おう」との言いだしっぺになり、近隣小中5校で実行委員会を組織して取り組んだもの。横川さんとは私が知り合いだったので、こちらの都合に合わせやりくりして来てもらった。当日の参加者は600人を超え、会場の山田市民センターがぎっしり埋まる。5校PTA主催なので、教師の参加もこれまでのどの会よりも多かったし、5校以外の学区からの参加も多くあった。

 懐かしさもあり、すぐ読んでみた。一緒に取り組んだ人々の顔が浮かんだ。横川さんを囲んで仙台駅前で飲んでしゃべったことまでも・・・。みんな、まだつながっていた。そして元気もあった。 

 20数年前なのに、横川さんは講演の最初に次のようなことを語っている。 

~実際ここ10年間少年事件を取材して非常に私自身痛感しているのは、社会のいわゆる歪みとかひずみというものは結局その家庭に凝縮して現れ出て、それが何が原因かを考えると、経済効率優先の競争社会、人口の都市集中による過密と過疎の問題、核家族の問題、いわゆる高度経済成長を支える人間づくりの場となってしまった学校教育の在り方、そういう構造的な問題が大きく背後にあって、その歪みというもので少年たちが犠牲になっている。そんな感じがしてならないのです。 

なんと情けないことに社会状況は今と全く同じではないか。講演は最後を次のように結んでいた。 

 最後に私が言いたいことは、とにかくたった一人でもいいから、彼らの味方というか、そのありのままの姿、そのままの人間を認めてくれるたった一人の人間がいたら、つっぱったり、いろんなことをしなくてもいいのになあという感じがしてならないのです。

 子どもに対しての信頼というか、子どもなりに進んでいくというか、ちゃんと道は出来ていて、ただそれが、今、わからない状態だけだと思うんです。

 ちゃんと子どもを信頼して、アドバイスして、子どもとのコミニケーションをかわしていれば、子どもはちゃんとそれなりに育つ。だから肩の力も抜けて、そんなに強い力をむけなくてもよいのではないかという感じがするんです。

 そういうことが、私自身、4人の少年事件を追跡取材して学ばされたことになると言えます。

読んで私は、4半世紀前なのに、子どもたちを取り巻く状況の根はまったく変わりなく、それがますますひどくなっていることをあらためて思い知った。

このような社会の在り方ではダメだ、増える子どもの問題を子どものせいにだけしていてはいけないじゃないか、と、20数年前の小冊子は叫んでいた。( 春 )