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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

12月1日

 月曜夜9時からは、楽しみにしているテレビの歌番組。歌われる曲は古い歌のみと言ってよい。私にとって懐かしい歌が、余計なおしゃべりがいっさい入らずピアノ伴奏だけで時間いっぱい歌いつづけられるのが何よりもいい。

 昨夜の最初は「椰子の実」。この歌は中学1年の時、担任のM先生に教わった。まだ戦後の混乱期と言っていい時期、活発な青年団活動などでよく歌われる歌に対抗するように、戦前から歌い継がれてきた歌を次々と教えられた。「椰子の実」もそのひとつ。小学校時代、自然に覚えた軍歌や式歌以外歌った記憶のない私たちは、たくさんの童謡までも喜んで懸命に歌った。

 昨夜の最後の方で歌われたのは「白い花の咲く頃」。M先生とも歌ったような気もするが、これは、「ラジオ歌謡」で覚えたのではなかったかと思う。6年生の頃。

 戦後早々とNHKラジオに、夕方、「ラジオ歌謡の時間」がつくられた。外で遊んでいても、この時間になると、走って家にもどり、ノートをもってラジオの前に座り込む。ここでもたくさんの歌を仕入れた。昨夜の「桜貝のうた」もそのひとつでなかったかと思う。

 今この年齢になって、テレビの前に座り込んで聞いていると、知らぬ間に時々何十年も前の自分になっていることにハッとする。自分に残っている時間の少ないことのあらわれでもあるのだろう。

 M先生からはよく本も読んでもらった。吉川英治の「宮本武蔵」も、その一冊。先生がなぜ武蔵をとりあげたかはわからないが・・。読み聞かせがつづくほどに、私は武蔵よりも誰よりも「お通」への想いがふくらみ、以来「お通」探しがつづき、まだ会えていない。小学校時代に”タイシュウ小説”などと言われるものなどまで結構読んでいた私の前に初めて現れたまるっきり違う女の人だったのだ。 

 先日届いた「児童文化の会」通信は、Sさんが1年生担任時代のことを書き、最後を次のように結んでいた。 

 ~十数年後、あの1年生の同級会の案内状をいただき、うれしくなって出かけて行った。(中略)ところが高校大学を卒業しているかっての子ども達は、私に案内状をよこした男の子以外は、誰ひとり、俺のことを覚えていないと言うのである。「教育とはむなしいものですよ」と言った斎藤喜博さんのことばをしみじみ思い出した。そうなんだ。でもどうしようもないね。 

  私の教師生活35年間もSさんと同じような感じがする。しかも私の方はさらに、教師としての失敗だけが自分の中に澱のように沈み、時々私をキリキリと痛みつける。 

 でも、私の中のM先生は違う。M先生は私たちが卒業するとき「もう一度勉強する」と言って職を辞して上京して大学に入り、あらためて教師に戻った。こんな事実もまた私を刺激した。尊敬する教師Sさんは小学校1年生のことを言っており、中学生時代を思い出す私のM先生とならべて言うことではないだろう。( 春 )