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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

9月18日

 13日から3日間、臨床教育学会の震災調査チームのみなさんと石巻方面に行ってきた。震災直後からつづけている。

 3・11後、多くの回数、石巻に行きつづけているが、復旧後の仙石線に初めて乗った。松島を過ぎてからの沿線の風景の変わりようには予想はしていたとはいえ、ずいぶん驚いた。「変わりよう」と言っても、終わりではなく、どこも工事は進行中なので、終了したときにどうなるかは、とても想像できなかった。

 野蒜は駅も一緒にそっくり高台に移り、その駅が使えるようになったので仙石線が動けるようになったのであろう。駅以外はまだ山の切り崩しがつづいているようで、仕方ないとはいえ、丸裸になっていく山を見つづけることはできなかった。

 Kさんの車で東松島の海沿いを走った。震災直後は、鳴瀬二中の校舎と簡保の施設が津波の威力を想像させる無惨な姿で建っていたが、二中はまるっきり跡形もなくなり、カンポは壊れた外部をはぎ取った姿で建っていた。あのとき、何事もなかったように静かに青々と広がっていた海は、まったく目にすることはできなかった。防潮堤が築かれたからだ。海は宮戸島に行く途中からやっと姿を見せた。

 山地を崩して住まなければならない。海に境界をつくらなければならない。このような復興につづいての人間の課題を思った。私たちの在り方がこれまでとまったく同じであってはいけない。

 話は70年も前にもどるが、終戦直後から数年、北上川が大暴れに暴れて、堤防沿いに住む子どもの私はそのたびに生きた心地がしなかった。濁流を眺めながら大人たちが「戦争で木を乱伐し、山の手入れをまったく怠ったからだ」と言っていたのを今も覚えている。

 山も野原も人間の思うままに変えることができる。しかし、自然のバランスを常に忘れてはならない。バランスを壊しているのはいつも人間だから・・・。それが今度の復興の大きな鍵ではないか。( 春 )