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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

8月27日

 映画「ソ満国境 15歳の夏」の自主上映会をもつことになり、その実行委員としてその準備に参加している。

 10月の7日に試写会(本上映は12月)をもち、原作者の田原和夫さんにもおいでいただく。戦後70年ゆえ、15歳だった田原少年は現在85歳ということになるのだろう。

 旧制新京第1中学校3年生(そのひとりが田原さん)が、勤労動員としてソ連満州の国境に派遣され、ソ連の突然の進行で300㎞にわたる命がけの逃避行をしたその体験実話に、原発被災を受けた福島のある中学校の放送部員の3年生が黒竜江省の小さな村から招かれて訪ねる話が加わって1本の映画につくりあげられている。

 私は、この映画を観て、「国とは・人とは・・」を考え、現在の安保法案審議で「周辺事態の変化に備えての国の安全・・・・」などという繰り返しの説明を耳にすると、その「国」を強調する考えこそが自分たちにもっとも危険なものに思えてくる。映画で死と向かい合った少年たちが命を救われたのは小さな貧しい村の人々によってである。「人」によってである。

 作家の楊逸さんも、「人間にとって国はむろん大切で愛すべきものである。だからと言ってそれが戦争や争いごとに発展する根拠にされるなら、クソくらえだ。映画を観ながら、人と人、国と国、どう関係を築いていけばよいかについて考え、そして今のこの物騒な世界を、石頭村に変えたい衝動に駆られる」と書いていた。

 この「石頭村」の意味は何か。これこそ、この映画で、人・国を考える原点であり、私が実行委員になろうとし、多くの人に観てもらうために働こうとした理由でもある。私のなかの安保法案反対行動でもある。

 この「国とは」・「人とは」を、これからを担っていく若い人たちにぜひ観てほしいと願う。中高生も現場教師もたいへん忙しい毎日のようだ。でも、この鑑賞で費やす時間の代償はまちがいなくおつりがついて自分に戻ってくると私は確信している。( 春 )