mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

7月27日

 鶴見俊輔さんが亡くなられた。たいへん残念だ。新しい著書を手にすることができなくなったことは寂しかったが、それでも、鶴見さんがおられて、新聞・雑誌などで、「鶴見さんがこう言われた」などを耳にし目にするだけで、大きな力をいただいた感じになっていたのだった。

 鶴見さんの書かれたものもお話も、力んだところが少しもないのに、体の奥底までしみこんでいった。しかも、一貫してお考えに変わりがないのに、読むごとに新しいことのように胸に響いた。

 かつて、勝田守一さんが「魂(ソウル)において頑固であり、心(マインド)において柔軟、精神(スピリット)において活発でなければ、この現在の困難な状況を切り抜けることはできないように思われる。」と書かれたことがあるが、この言葉を思い出すと、勝田さんよりも早く鶴見さんの姿が浮かんでくる。鶴見さんの書かれたものや談話などを見聞きすると、勝田さんのこの言葉を思い出すのだった。

 教育についての鶴見さんの言葉は、力の入った教育論・教師論よりもはるかに刺激的だった。次は私にとってのそのひとつ。 

 感じることのほうが、学ぶことの本来の領域であって、ことばにして話すとか、道徳的なことを学校の授業で学ぶということは、学ぶということのほんの一部であって、そういうことは、じつは身につかない学びかたじゃないかな。それは、学校を終えれば終わっちゃうことでしょう。そうじゃない? 感じかたって自然に身につく。こちらのほうが、いくらか本格的に教育ってことじゃないのかな。 「大人になるって何?」(2002年)

  これから、こんなもの言いで、教育をどなたが語ってくれるのだろう。

 「思想の科学」の最終号があったはずと書棚を探したが見つからなかった。もう少し探しつづけようと思う。鶴見さんを遠くにしないためにも。( 春 )