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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

6月7日

 何日経っても頭から振り切れない。国会の委員会で質問者の発言中に首相の発した「早く質問しろよ」。情けなくて情けなくて・・。

 一国の首相の発したことばだからということだけではない。私たちの暮らしのなかで、こんなことばが使われるときを思い描いてもまったく浮かばない。私の生きている社会の範囲ではとうてい見つけることが出来ないことばだ。それゆえに体に張り付いてしまったのかもしれない。国会というのはそれほど特異社会なのだろうか。

 たとえ長くても、質問に必要な前提の話をしている話者に対して、答弁者と位置する人間が「早く質問しろよ」と言うことは、質問の前提になるべき話はどうでもいいということで、ことばを替えれば、話を真面目に聞いていないということの証を自ら明らかにしたこととも言えよう。そんな失礼なことはどこの世界で許されるだろう。国会は許されるのか、首相は許されるのか・・・。

 もうひとつ、「早く質問しろよ」という言葉づかいについて。語尾の「よ」をとって「早く質問しろ」という言い方もあろう。「よ」があってもなくても命令であることに違いはない。このような関係で議論をたたかわすことで産むものはあるのだろうか。

 では、終助詞「よ」がつくとどんな違いが出るか。

 手元の「新明解国語辞典」では、「『よ』は、主体の意志・感情・判断・意見などを強く相手に押しつけようとする気持ちを表す」と説明している。この意味から考えられることは、間違いなく上から目線のヤジ(?)であることを示していることになる。

 後日、野党の審議拒否を解くために「詫びた」とか報じられていたが、人間としての資質の問題であるので、与党の中にこそ厳しい意見が噴出すべきではなかったかと思ったのだが、寛容なのか鈍感なのか保身なのか、少しも聞こえてこなかった。