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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

5月3日

2015年5月3日

 「5・3憲法を活かす宮城県民集会」に参加する。国際センター会場。参加者1000人ぐらいとか。

 行く前のテレビで、首相訪米にかかわって、「安保のときよりも危機的状況」との発言を聴いたのだが、集会の空気に危機感を感じることはなかった。この冷静さをどう考えればいいのか。デモ行進に対しての街宣の車からは「押しつけられた憲法」などの決まり文句が叫ばれていたが、この「押しつけられた・・・」という言葉が最近またよく使われるようになっているような気がするが、政府の進める方向がつくっているのだろうか。

 今年は戦後70年。70年もの間、戦争によって日本人がひとりも死ぬことも殺めることもなかったのは憲法のためだと言われる。私も、そのような憲法9条を持つ国に住んでいることを誇りに思うし、これからも守りつづけたい。

 1995年、戦後50年にあたって岩波新書が編集部編で「戦後50年を語る」を刊行した。語り手は26人。20年ぶりに取り出して読んでみた。

加賀乙彦さんは「~戦争が的確に究められ記述される、つまり過去として定着されない限り、戦後の真の姿もつかめない。50という切りのいい数字にまどわされて、もう戦後は終わったなどと早合点したら大間違いである。私に言わせれば、戦後はまだ始まったばかりなのである」と言っていた。

坂本義和さんは「~なぜ私たちは、アジアの戦争被害者に償いをしなければならないと考えるのか。私は、それは、被害者の人権が私たちの人権と平和に保障されていないという現実に、私たちが人間としての責任を感じるからだと考える。換言すれば、私たちが、日本という政治社会をすべての人間の人権に対して敏感な社会へと少しでも民主化するために、つまり日本の民主主義を一層深めるためにこそ、私たちは戦争被害の償いをしなければならないのだ。その意味では「日本国民」自身のために行うのだと言ってよい」と言う。

坂本さんのような侵略戦争の償いの考え方は私にはまったくなかった。それはアジアの被害者どころか沖縄と身をひとつにできないところにも見られると思った。つまり、ドイツの戦後処理の話を聞きながらも日本の処理の問題を自分も含めた「日本国民」の問題という捉え方をしていなかったということになる。加賀さんは「~まだ始まったばかり」と言っているが、戦後処理と自分自身は無関係という私のような考え方が日本人の大方であるとすると、戦後はまだ始まりもしていないと言えるかもしれない。う~ん。