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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

2月23日

2015年2月23日

20日にTさんの卒業授業を観に出かけた。卒業授業参観は数年前のRさん以来だ。サークル一筋に生きてきたTさん、授業後の検討会でも彼らしい淡白な受け答えをしていたが、内心感慨はひとしおだったのではないか。

 この日の授業を彼は子どもたちにどんな言い方をしていたか(いや、何も言わなかったかもしれない)わからないが、2年生の子どもたちは目をキラキラさせてTさんと真向かい、手を元気よく上げ、気持ちのいい声で読んでいた。

 卒業授業は私の現職時代から始まった。ある時期頻繁にもたれた実践検討会がしだいに下火になってきた。なぜかはよくわからない。そんななかで「せめて退職する前に一緒に学び合った仲間に授業をみてもらいたい」という声から卒業授業が誕生した。

私は、それをお願いするためにいくつもの学校に行ったことがある。そのうち、2つの例を紹介する。

 Y小学校ではKさんの卒業授業をお願いしたが返事をすぐもらえず、3度足を運んだ。3度目ついに校長に「組合に協力したと思われたくないのだ」と言われ、実現しなかった。その意味は私にはまったくわからなかったが。仕方なく私はKさんとの用事をつくり、友人と教室を訪ね、ついでに授業を観て来た。

 T小学校にMさんの授業をお願いしに行ったとき、校長は即座に、「大学では最終講義がありますよね。小学校に最後の授業があっていいですよね。どうぞお考えをすすめてください。私からお願いですが、ぜひ、うちの教員にも参観させてください」と言われた。なんとうれしい返事だったろう。サークルに生きたMさんの授業は、勤務校全員とたくさんのサークルの仲間の参観のなかで行われたのだった。

 教育の仕事というのは、その時々にもよるが、意外に障害の多い仕事に思う。なぜなのだろう、今でも不思議だなあと思う時がある。