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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

10月31日

2014年10月31日

 Kさんたちが、この頃の動きに危機感をもって、「人間の条件」の上映に取り組んでいる。その3回目、最終回にあたる五部六部を昨日観に行った。

 小説で読んだものの映画は自分では観ないようにしているのだが、Kさんたちのがんばりにエールをという気持ちから、やっと時間をつくって出かけたのだ。

 五味川純平原作、原稿用紙3000枚の大作の映画化。小説は私が就職した昭和33年(三一書房)に完成している。

 私が小説を読んだのは昭和38年。全1冊にした河出書房新社版。

 この最後の1文は今もおおよそそのまま覚えている。

「雪は無心に舞い続け、降り積り、やがて、人の寝た形の、低い小さな丘を作った。」

 映画の一番の関心は、この1文をどう描くかだったが。残念ながら、私には不満な絵で映画は「終」の文字を映しだした。

 家に帰って、ほこりだらけになっている河出本を倉庫から出して開いてみた。まったく記憶になかったが、五味川の短い「まえがき」がついていた。その初めの部分は以下のようになる。

   或る局面での人間の条件を見定めたいという途方もない企みを私はした。大それたことだとは、手をつける前からわかっていたが、あの戦争の期間を、間接的にもせよ結局は協力という形で過ごしてきた大多数の人々が、今日の歴史を作ったのだから、私は私なりの角度から、もう一度その中へ潜り直して出て来なければ、前へ進めないような気がした。(以下略)

と。

「あの戦争の期間を、間接的にもせよ結局は協力という形で過ごしてきた大多数の人々が今日の歴史を作ってきた」にはドキリとした。病死した親父だって当てはまる。いや、ランドセルを背負いながら「オレは飛行機になるんだ!」など言い合い、何かあるたびに旗を振っていた小学生の私たちも入るのかもしれない。

Kさんたちが、困難を覚悟して「人間の条件」上映に取り組んだのも、この五味川の気持ちと同じだったのだろう。