読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

10月15日

 ソローの「森を読む」は、「はじめに」をポール・ナバンが書いている。その最初の一文はこうだ。
どんな人生にも、それを軌道にのせる特定の時期、あるいは特定の人物というものが存在する。
 つまり、ナバンにとってのソローが、この文の「特定の人物」になる。
 「高校生の公開授業」は、この言葉をヒントに企画したわけではないが、普通、学校にいそうにない方に授業者になっていただき、受講生のなかにこれまでなかったジケンを起こすことができたら意味があるのではないかということから年1回行っているものである。
 12日、今年度の「高校生の公開授業」が、終わった。授業をと頼んだTBS「報道特集」のキャスター金平さんには多忙のところ、たいへんなご苦労をおかけした。前日19時に番組が終了してすぐ電車に乗り仙台に入っていただいた。
 こちらでチラシに使った授業テーマは「世界の取材現場から見た日本 ―私たちはどう生きるか」。
 当日の授業でのテーマは「十七歳」。
 金平さんは、ぎりぎりまでいろいろ考えられたのだと思う。なにしろ、ノーベル平和賞を10日に受賞した17歳のマララさんをも使うことにしたのだから。受講生の多くは17歳、そして、写真家・橋口譲二さんの「17歳」の映像も使って・・・。
 マララさんの国連での演説と橋口さんの「17歳」をみることで、自分をそれぞれが考えることがdきればという授業プランをつくられたのだろう。
 そのプランを聞きながら私は、ナバンの先の言葉を思い出した。金平さんも、まさに、「特定の時期」「特定の人物」を浮かべたのではないか。
 授業を見ているなかで、私の頭にも「17歳」という年齢がいろいろに巡った。
 17歳のマララさんは、受賞スピーチを、「これまでやってきた活動に対するご褒美ではありません。これからも継続できるようにと私を勇気づけるための賞なのでしょう。自らを信じ、自分がひとりぼっちではなく、数百、数千そして数百万人もが支えてくれるとしるための。」と結んでいるが、われわれを大いに励ましてくれる17歳である。